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『君がいない春に、桜は咲かない』  作者: 優貴(Yukky)


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第3章・第2話 『守りたいものが増えるということ』

妊娠三か月。

つわりは、想像以上だった。

朝も、昼も、夜も、気持ち悪い。

立ち上がるだけで世界が揺れる。

そんな私の隣で、蒼は少し過剰なくらい心配していた。

「水飲める?」

「横になる?」

「病院行く?」

五分おきに聞く。

「大丈夫だってば」

笑うけど、正直つらい。

すると蒼は、真顔で言う。

「大丈夫って言う人ほど大丈夫じゃない」

その言葉に、胸が少し痛くなる。

あの日の自分に言っているみたいで。

ある夜。

私はトイレで吐いたあと、床に座り込んだ。

力が入らない。

涙が出る。

「こんなんで母親になれるのかな」

弱音が漏れる。

ドアの向こうで蒼がすぐ反応する。

「開けていい?」

うなずくと、静かに入ってくる。

私をそっと抱き上げて、リビングまで運ぶ。

右手は少し震えているけれど、しっかり支えてくれる。

ソファに寝かせて、背中をさする。

「ごめんね」

思わず言ってしまう。

蒼が、きょとんとする。

「なんで謝る?」

「迷惑ばっかり」

蒼は少し眉をひそめて、静かに言う。

「命守ってんだろ」

その一言に、涙が溢れる。

「俺のときもさ」

ぽつりと続ける。

「体、思うように動かなかった」

ゆっくり私を見る。

「でもお前、迷惑って思った?」

首を振る。

思うわけない。

蒼は、少し笑う。

「じゃあ同じ」

震える右手で、私の涙を拭う。

「守りたいもの増えただけだ」

その言葉が、ずっと残った。

守りたいものが増える。

それは、強くなることでもあるけれど。

同時に、怖さも増えるということ。

蒼は、仕事から帰ると、必ず私のお腹に話しかける。

「今日も更新?」

「パパ、ちょっと怒られた」

「でも頑張ったぞ」

私は笑う。

でもある日、ふと聞いてしまった。

「怖くないの?」

蒼は一瞬だけ止まる。

「なにが?」

「また、何か起きるかもって」

空気が静まる。

蒼は、正直に言った。

「怖いよ」

即答だった。

「めちゃくちゃ怖い」

その目は真っ直ぐ。

「でも」

少し微笑む。

「怖いから、守る」

胸が熱くなる。

「逃げないって決めたしな」

あの日、赤いランプの前で。

蒼は逃げなかった。

今も同じ。

妊娠五か月。

安定期。

少しずつ体調も落ち着いてきた。

そして、ある夜。

お腹の中で、ぽこっと動いた。

「……今!」

私が声を上げると、蒼が飛んでくる。

「え?!」

手を当てる。

もう一度。

ぽこっ。

蒼の目が、見開かれる。

「蹴った?」

「うん」

蒼の唇が震える。

「動いてる」

小さな声。

「ちゃんと、生きてる」

その言葉は、何度聞いても泣ける。

蒼は、お腹に顔を近づける。

「おーい」

少し涙声。

「パパだぞ」

私は笑いながら泣く。

守りたいものが増える。

それは、弱くなることじゃない。

震える手でも。

傷だらけの心でも。

それでも、人は守れる。

窓の外では、夏が始まりかけていた。

命の鼓動は、今日も確かに続いている。

三人分の、更新。

――つづく。

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