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『君がいない春に、桜は咲かない』  作者: 優貴(Yukky)


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第3章「命のバトン」 第3章・第1話 『はじめての鼓動』

春。

窓の外で桜が揺れている。

あの病院の桜より、少しだけ小さいけれど、

それでも十分にきれいだ。

結婚して二年。

私たちは、穏やかな毎日を重ねていた。

蒼は相変わらず忙しい。

患者支援コーディネーターとして働きながら、

講演会で自分の体験を語ることも増えた。

「赤いランプの前で、ひとりにしない」

それが蒼の合言葉。

右手は今も少し震える。

でもその手は、誰かの涙を拭うためにある。

その日。

私は、ひとりで検査薬を握っていた。

白いプラスチック。

たった一本の棒が、未来を変える。

結果は、はっきりしていた。

二本線。

息がうまく吸えない。

嬉しい。

怖い。

いろんな感情が、一気に押し寄せる。

夜。

帰ってきた蒼は、いつも通り「ただいま」と言った。

私は、言葉が出ない。

ただ、小さな箱を差し出す。

蒼が中を見る。

止まる。

時間が止まる。

「……え?」

私を見る。

もう一度、箱を見る。

「え?」

涙がこぼれる。

私はうなずく。

「うん」

蒼の目が、ゆっくり潤む。

「ほんとに?」

「ほんと」

次の瞬間、抱きしめられた。

強く。

震えながら。

「俺たちに?」

信じられない声。

「うん」

蒼の胸に耳を当てる。

トクン、トクン。

力強い鼓動。

あの日、止まりかけた鼓動。

今は、こんなに生きている。

蒼が、そっと私のお腹に手を当てる。

震えている。

でも、温かい。

「ここに、いる?」

「いるよ」

蒼の涙が落ちる。

「命って、増えるんだな」

その言葉が、胸に響く。

数週間後。

初めてのエコー検査。

暗い部屋。

モニターに、小さな点。

そして。

聞こえた。

トクン。

トクン。

トクン。

蒼が、息を止める。

「……今の」

医師が微笑む。

「赤ちゃんの心拍ですよ」

その瞬間。

蒼の膝が崩れた。

涙が、止まらない。

声にならない。

震える右手で、私の手を握る。

「動いてる」

かすれた声。

「ちゃんと、生きてる」

私は泣きながら笑う。

「うん」

蒼が、お腹を見つめる。

「あの赤いランプの前でさ」

静かに言う。

「俺の心臓も、あんな音で戻ってきたんだよな」

胸がいっぱいになる。

「今度は、守る側だな」

蒼が小さく笑う。

「更新、三人分か」

私はうなずく。

「大変だよ?」

「望むところだ」

そう言って、蒼はお腹にそっと話しかける。

「はじめまして」

少し震える声。

「パパです」

その姿が、愛しくてたまらなかった。

春の光が、カーテンを揺らす。

命は、つながっていく。

赤いランプの向こうで守られた鼓動が、

今、誰かを守ろうとしている。

バトンは、確かに渡された。

春は、また来た。

今度は、三人で。

――つづく。

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