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『君がいない春に、桜は咲かない』  作者: 優貴(Yukky)


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第2話 「言わない優しさが、いちばん残酷」

春休み明け。

教室のざわめきは、いつもより少しだけ明るかった。

「藤原、まだ入院なんだって?」

「どうせすぐ戻るでしょ」

軽い声。

悪気なんてない。

でもその“軽さ”が、美桜の胸を刺す。

――半年。

医者の声が、何度も蘇る。

黒板の上には、クラス替えの貼り紙。

蒼の名前は、ちゃんと三年二組のままだった。

それが逆に、怖い。

昼休み。

美桜は屋上に上がった。

蒼とよく来た場所。

フェンスにもたれて、コンビニのパンを分け合った。

「お前、甘いのばっか食うなよ」

「蒼が辛いの好きすぎなの」

どうでもいい会話。

なのに、どうしてこんなに愛しいんだろう。

ポケットのスマホが震える。

蒼からだ。

“今日、抗がん剤入れる日なんだよねー”

軽い文。

続けて、

“副作用やばかったら笑ってくれ”

ふざけた顔文字。

胸が苦しくなる。

“笑わない”

送信。

数秒後。

“じゃあ泣く?”

既読をつけたまま、指が止まる。

泣くに決まってる。

でも、それを送ったら、

蒼はまた一人で抱える。

“終わったらアイス奢る”

そう返した。

嘘みたいに、普通のやりとり。

夕方。

どうしても顔が見たくなって、病院へ向かった。

ノックをして入ると、蒼は眠っていた。

顔色が悪い。

唇が白い。

点滴の管が何本も伸びている。

こんなの、知らない。

こんなの、蒼じゃない。

思わず、手を握る。

冷たい。

そのとき、まぶたがゆっくり開いた。

「……来たのか」

声がかすれている。

「アイス、奢ってもらいに」

冗談を言うと、蒼は少しだけ笑った。

でも、その笑顔は弱かった。

「なあ、美桜」

天井を見たまま、言う。

「みんなには、言うなよ」

予想していた言葉。

でも、実際に聞くと、喉が詰まる。

「なんで」

「俺さ、ヒーローでいたいじゃん」

ふっと笑う。

「最後まで、元気な藤原蒼で終わりたい」

最後、という言葉が

はっきりと落ちる。

「最後とか言わないで」

声が震える。

「俺が怖がってる顔とか、見せたくないんだよ」

沈黙。

機械の電子音だけが響く。

「……怖いの?」

聞いてはいけない気がした。

でも、聞きたかった。

蒼は、少しだけ間を置いて、

「めちゃくちゃ怖い」

と、笑わずに言った。

その瞬間、美桜の涙が落ちた。

蒼は慌てたように言う。

「ちが、今のなし」

「なしにしないで」

涙が止まらない。

「一人でヒーローやらないでよ」

手を強く握る。

「怖いなら、怖いって言って」

蒼は、初めて視線を合わせた。

目が、揺れている。

「……じゃあさ」

小さく、震える声。

「俺が消えたら、お前どうすんの」

心臓が止まりそうになる。

「消えない」

即答。

「絶対、消えない」

でも、確信なんてない。

だから余計に、強く言う。

蒼はしばらく黙って、

「そっか」

とだけ言った。

帰り道。

桜が少しずつ咲き始めていた。

でも、花びらの一枚が、風で落ちる。

まだ満開じゃないのに。

スマホが震える。

蒼から。

“さっきさ”

“ちょっとだけ、生きたいって思った”

その一文で、涙がまた溢れる。

“ちょっとじゃなくて、いっぱい思え”

送信。

既読。

数秒。

“努力します、先生”

いつもの軽口。

でも、その裏にある必死さが分かる。

空を見上げる。

春は進んでいる。

時間は止まらない。

どうか。

どうか、まだ奪わないで。

――まだ、何も伝えてないんだから。

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