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『君がいない春に、桜は咲かない』  作者: 優貴(Yukky)


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19/61

第2章・第9話 『あの廊下の、その先で』

――三年後。

春。

あの日、赤いランプを見上げた病院の廊下を、

今は別の形で歩いている人がいる。

「大丈夫ですよ」

落ち着いた声。

名札には、

支援コーディネーター 神崎 蒼

白衣ではない。

けれど、胸を張っている。

蒼の右手は、少しだけ震える。

完全には治らなかった。

細かい作業は今でも難しい。

でも。

誰かの手を握ることは、できる。

それで十分だった。

あの日のように、赤いランプが点いている。

廊下の端で、泣きそうな顔の中学生の女の子。

蒼は、ゆっくり隣に座る。

「家族?」

女の子がうなずく。

「怖いよね」

その言葉に、女の子の目から涙がこぼれる。

蒼は知っている。

あの冷たい光。

時間が止まる感覚。

何もできない無力さ。

「でもね」

蒼は静かに言う。

「戻ってくること、あるんだ」

女の子が顔を上げる。

蒼は少しだけ笑う。

「俺、二回戻ってきた」

強がりじゃない。

事実。

女の子が、小さく息を吸う。

「ほんと?」

「ほんと」

震える右手で、ハンカチを差し出す。

「だから、信じよ」

あの頃、言えなかった言葉。

今は言える。

病院の外。

私は待っている。

桜が咲いている。

蒼が出てくる。

スーツ姿。

少し大人になった顔。

それでも、笑い方は変わらない。

「今日も更新」

私は笑う。

「何回目?」

「分かんね」

肩をすくめる。

でも、目は優しい。

「なあ、美桜」

「なに?」

蒼は少し真面目な顔になる。

「俺さ」

右手を見る。

「この手、嫌いだった」

胸がきゅっとする。

「でも今は」

ゆっくり言う。

「この震えがあるから、隣に立てる」

私は何も言えない。

ただ、涙が溢れる。

そのとき。

救急車のサイレンが鳴る。

蒼が一瞬だけ、空を見る。

あの日の自分を思い出しているのが分かる。

でも。

目を逸らさない。

「行ってくる」

仕事の顔。

私はうなずく。

「いってらっしゃい」

蒼が走る。

完全じゃない足取り。

でも、迷いはない。

赤いランプは、今日もどこかで点く。

泣いている誰かがいる。

でも。

その隣に、蒼はいる。

かつて救われた少年は、

今、誰かの支えになっている。

命は、続いている。

物語は、終わりに近づく。

でも――

まだ一つ、言っていない言葉がある。

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