第2章・第6話 『もう一度、赤いランプの前で』
八月。
蒼の再検査の日。
数値は、はっきりと悪化していた。
医師の声は静かだった。
「再発の可能性が高いです」
その言葉は、前よりも冷たく響いた。
一度、乗り越えたはずの崖。
また、同じ場所に立たされる。
蒼は黙っていた。
驚いた顔もしない。
ただ、静かにうなずいた。
「治療は?」
低い声。
「早期に始めれば、選択肢はあります」
“あります”。
確定じゃない。
でも、ゼロじゃない。
それが救いなのかどうか、分からない。
帰り道。
蒼は空を見上げる。
夏の空は、やけに青い。
「二周目か」
冗談みたいに言う。
私は言葉が出ない。
蒼が笑う。
「泣くなよ」
「泣いてない」
でも声が震えている。
蒼が立ち止まる。
「なあ」
まっすぐ見る。
「今回、逃げない」
その目は、あのときより強い。
「距離置かないって約束したしな」
胸が熱くなる。
「うん」
私はうなずく。
「一緒に戦う」
蒼は小さく笑う。
「更新だな」
治療はすぐに始まった。
前よりも強い薬。
副作用も重い。
吐き気。高熱。倦怠感。
蒼はベッドの上で、歯を食いしばる。
「大丈夫」
そう言いながら、汗でびっしょりになる。
私はタオルを替える。
手を握る。
何もできない自分が悔しい。
ある夜。
蒼が弱く笑った。
「また、赤いランプ見んのかな」
心臓が凍る。
「見ない」
即答する。
蒼が目を細める。
「根拠は?」
「ない」
はっきり言う。
「でも、今回は違う」
蒼が小さく息を吐く。
「どう違う」
私は言う。
「蒼が、諦めてない」
沈黙。
蒼の目に涙が浮かぶ。
「前は、ちょっと諦めかけた」
知ってる。
でも今は違う。
「今は?」
蒼はゆっくり言う。
「まだやりたいことある」
「なに?」
「医者になる」
かすれた声。
「患者の気持ち、分かる医者」
涙が止まらない。
「なるよ」
私は言う。
「絶対なる」
数日後。
容態が急変した。
モニターの音が乱れる。
看護師が走る。
私は廊下に出される。
そして。
また、赤いランプが点いた。
あの日と同じ光。
足が震える。
でも、前と違う。
私は壁に背をつけて、目を閉じる。
「戻ってくる」
声に出す。
祈りじゃない。
宣言。
時間が、長い。
長すぎる。
やがて。
ランプが消えた。
医師が出てくる。
「一時的なショック症状です。今は安定しています」
膝から力が抜ける。
涙が止まらない。
また、戻ってきた。
蒼は、戻ってきた。
ICU。
ガラス越しに見る。
蒼は酸素マスクをつけている。
それでも。
目を開けた。
私を探す。
視線が合う。
マスク越しに、唇が動く。
「更新」
涙が溢れる。
「成功」
私は笑う。
赤いランプの前で、今度は立っていられた。
怖さは消えない。
でも。
もう一度、乗り越える。
二周目でも。
三周目でも。
春は、何度でも取り戻す。




