第2章・第4話 『未来の話をしよう』
土曜日。
待ち合わせは駅前の映画館。
蒼は白いシャツにデニム。
少し痩せた体だけど、前より姿勢がいい。
「今日、患者扱いなしな」
開口一番、それ。
「分かってる」
私は笑う。
「彼氏扱い」
蒼が満足そうにうなずく。
映画はラブストーリーだった。
病気も事故も出てこない。
ただ、すれ違って、仲直りして、
最後はキスして終わる物語。
エンドロールの最中、蒼が小さく言う。
「平和すぎ」
「いいじゃん」
「でもさ」
少し考えるように天井を見る。
「俺ら、だいぶドラマチックだよな」
思わず笑ってしまう。
「確かに」
「視聴率取れるレベル」
「命がけの恋って?」
蒼が肩をすくめる。
「重いな」
でもその横顔は、どこか誇らしげだった。
ショッピングモールのフードコート。
ハンバーガーを半分こする。
蒼はポテトをつまみながら言う。
「なあ」
「なに?」
「将来さ」
一瞬、心臓が跳ねる。
将来。
以前は、触れにくい言葉だった。
「どこ住みたい?」
予想外の質問。
「え?」
「都会? それとも郊外?」
私は少し考える。
「学校の近くがいい」
「先生になる気満々だな」
蒼が笑う。
「蒼は?」
「病院の近く」
さらっと言う。
「通院楽だから」
現実的すぎて、少し胸が締まる。
でも、逃げない。
「じゃあ、真ん中取る?」
「折衷案かよ」
笑い合う。
未来の話をしている。
それだけで、奇跡みたいだ。
夕方。
観覧車に乗ることになった。
蒼は少し高所が苦手だ。
でも今日は、何も言わない。
ゴンドラがゆっくり上がる。
街が小さくなる。
沈黙。
蒼が窓の外を見る。
「俺さ」
低い声。
「一回、未来失いかけたじゃん」
私は黙って聞く。
「だから今、未来の話できるの嬉しい」
胸がじんわりする。
「重くない?」
「全然」
首を振る。
「むしろ、軽い」
蒼が笑う。
「軽い未来ってなんだよ」
「今ここにある未来」
私は蒼の手を握る。
温かい。
あの日みたいに冷たくない。
「なあ、美桜」
観覧車が一番高いところに来る。
「俺、ちゃんと生きるよ」
まっすぐな目。
「再発しても、倒れても」
喉が熱くなる。
「何回でも戻る」
風に揺れるゴンドラ。
「戻る場所、あるし」
その言葉に、涙が滲む。
「あるよ」
私は言う。
「何回でも」
蒼が少し照れくさそうに笑う。
「じゃあさ」
手を強く握る。
「未来、予約な」
「キャンセル不可?」
「一生分な」
観覧車がゆっくり降りていく。
怖さは消えない。
検査も、薬も、再発の影も。
全部、消えない。
でも。
それでも。
未来の話をする勇気がある。
普通のデート。
普通の笑顔。
普通の約束。
その“普通”が、どれだけ尊いか。
私は知っている。
観覧車を降りるとき、蒼が言う。
「今日、楽しかった」
シンプルな言葉。
でも、涙が出そうになる。
「私も」
更新中の恋。
未来はまだ、真っ白。
でも。
隣にいる。
それだけで、十分だ。




