第2章 『更新される恋』第1話 「再発の影と、約束の朝」
大学一年の春。
桜は、あの頃と同じように咲いていた。
でも、私はもう高校生じゃない。
蒼は医療系の大学に進学し、
私は教育学部へ。
キャンパスは違う。
駅で待ち合わせる朝が、私たちの日常になった。
「遅い」
改札前で腕を組む蒼。
「五分だよ」
「五分は遅刻」
そんなやりとりが、愛しい。
蒼はまだ、月に一度の検査を受けている。
薬も完全には終わっていない。
それでも、見た目はほとんど普通の大学生だ。
少しだけ痩せているくらい。
それでも。
検査日前夜は、眠れない。
その日も、蒼は笑っていた。
「今日、結果聞くだけだし」
軽く言う。
でも、右手の親指を握る癖が出ている。
緊張している証拠。
私はその手を握る。
「大丈夫」
根拠はない。
でも、言う。
蒼は小さく笑う。
「お守りみたいなやつ?」
「うん。更新型」
「サブスクかよ」
冗談を言える余裕。
それがあるだけで、少し安心する。
病院の廊下は、変わらない匂い。
あのICUの前を通ると、今でも足がすくむ。
蒼も、一瞬だけ視線を逸らす。
でも立ち止まらない。
名前が呼ばれる。
診察室。
医師の表情は、読み取れない。
「現時点で、再発の兆候はありません」
空気が、戻る。
肺に空気が入る。
「ただし」
また、その言葉。
「数値が少し不安定です。経過観察を強めましょう」
完全な安心は、まだ遠い。
蒼はうなずく。
「分かりました」
声は落ち着いている。
でも、診察室を出た瞬間。
深く息を吐いた。
「怖かった?」
私が聞く。
蒼は少しだけ笑う。
「毎回な」
正直な答え。
「でもさ」
私を見る。
「怖いって言えるようになったの、進歩じゃね?」
胸が温かくなる。
昔の蒼は、きっと言わなかった。
強がって、笑って、隠してた。
今は違う。
弱さを、共有してくれる。
それがうれしい。
大学の帰り道。
川沿いの桜並木を歩く。
風が花びらを運ぶ。
蒼がぽつりと言う。
「なあ、美桜」
「なに?」
「もしまた入院とかになったらさ」
足が止まる。
でも、蒼は続ける。
「今度は、ちゃんと覚えてたい」
胸がぎゅっとなる。
「何を?」
「全部」
手を握る。
「怖かったことも、泣いたことも」
少し照れくさそうに笑う。
「好きって言ったことも」
私は泣きそうになりながら笑う。
「忘れないでよ」
蒼は首を振る。
「忘れたら、また好きになる」
同じ答え。
でも今度は、覚悟が混ざっている。
「何回でも更新する」
春風が強く吹く。
花びらが舞い上がる。
私は言う。
「じゃあ、私も更新し続ける」
蒼が笑う。
「期限なしな」
未来は保証されていない。
再発の影は、ゼロじゃない。
不安は消えない。
でも。
それでも。
今日、笑って隣を歩いている。
それだけで、十分だと思えた。
春は、終わらない。
ただ形を変えて、続いていく。
“生きる”って、
きっとこういうことなんだ。
――第2章、はじまり。




