魂の道具と、炎の鳥の再生
工房の扉を開けると、そこには目の下にクマを作りながらも、満足げに腕を組むバルカンの姿がありました。
「……おう、来たか。一晩中、火の精霊と殴り合ってようやく仕上がったぜ」
差し出されたのは、火山の熱を閉じ込めたような琥珀色の柄に、極細の金糸を植え込んだような、世にも美しいブラシでした。
「わぁ……。なんて綺麗な……」
「ただの道具じゃねぇ。そいつは持ち主の『慈しみ』を熱に変換する。名付けて『陽だまりの旋律』だ。……嬢ちゃん、そのブラシに見合うブラッシングを、あの子にしてやってくれ」
バルカンは照れくさそうに、顎で山頂を指しました。そこには冷気に蝕まれ、今にも消えそうな青白い光が揺れています。
「私も行きます。バルカンさん、ありがとうございます!」
シノが駆け出そうとすると、バルカンが「やれやれ」と重い腰を上げました。
「待て。山頂の冷気は今の嬢ちゃんにはちとキツい。俺が作った耐熱防寒の外套を貸してやる。……あと、その……俺の打った道具がどう役に立つか、この目で見届ける義務があるからな!」
そう言って、バルカンも同行することになりました。道中、彼はシノの銀狼を見て「毛の並びが整うだけで、歩き方まで軽くなってやがる……」と感心したり、ルナ・コットンの手触りに驚いて、思わず自分の髭を引っ張ったり。
「嬢ちゃん、おめぇの『モフモフ愛』は、たしかに世界を変えるかもしれんな」
不器用なドワーフの言葉に、シノは一歩一歩、確かな足取りで岩場を登っていきました。
山頂に着くと、そこには氷の呪いに凍えるフェニックスが、岩の陰で小さく丸まっていました。
「大丈夫だよ。今、温めてあげる」
シノは黄金のブラシを握りしめました。すると、ブラシがシノの「助けたい」という願いに反応し、ぽうっと柔らかな陽だまりのような光を放ちます。
一撫で。凍りついていた羽が、パキリと音を立てて解けます。
二撫で。青白かった色が、夕焼けのような鮮やかな朱色に変わります。
シノは呼吸を合わせ、丁寧に、羽の重なりの一枚一枚に熱を流し込んでいきました。それは戦いではなく、壊れた楽器を直すような、静かな「調律」の儀式でした。
『ああ……心が、溶けていく……』
フェニックスが目を開け、力強く羽ばたくと、山頂を覆っていた冷気が一瞬で吹き飛び、美しい炎の粉が雪のように舞い落ちました。
【称号:霊鳥の調律師】を獲得しました!
【レベルアップ:Lv.12 → Lv.15】
バルカンはその光景を呆然と眺めた後、鼻を真っ赤にして豪快に笑いました。
「がっはっは! 見たか! 俺のブラシは世界一だ!」
フェニックスは感謝を伝えるようにシノの肩に顔を寄せると、その不思議な金色の瞳でシノをじっと見つめました。
『優しき調律師よ。お礼に、この世界の古い伝承を教えましょう。……雲の遥か上、空に浮かぶ「アステリア島」には、古の時代からあらゆるモフモフが集まる【聖なるモフモフの楽園】があると言われています』
「モフモフの楽園……!?」
シノの目が、今日一番の輝きを放ちました。
『そこには、雲を食べる羊や、虹を吐く狐など、地上では見ることのできない仲間たちがいます。……いつかあなたに、そこへ行ってほしい。この「フェニックスの羽根」を道標に』
フェニックスから贈られたのは、燃えるように輝く一枚の羽。
それは、伝説の島への「招待状」でした。
「バルカンさん、私、決めた。その島に行って、もっとたくさんの子たちをブラッシングしてあげたい!」
「……ふん。おめぇなら、本当にそこまで行っちまいそうだな」
バルカンは、また新しいブラシの構想を練り始めたのか、楽しそうに笑っています。
シノの冒険は、地上の喧騒を離れ、ついに空の彼方へとその翼を広げようとしていました。




