頑固なドワーフと、魂のブラッシング論
火山の熱気が立ち込める中、シノはドワーフの鍛冶師バルカンの前に立っていました。
「帰れ」と言い放つバルカンの険しい視線を受け止めながら、シノは一歩も引かずに、使い古された自分の木製ブラシをそっと差し出しました。
「バルカンさん。私はまだこの世界のことを何も知らない初心者です。でも……この子たちを撫でている時だけは、言葉以上のものが伝わってくるんです」
シノは足元に寄り添う銀狼の、少し硬いけれど凛とした毛並みに触れ、さらに頭の上のルナ・コットンの、空気を含んだような繊細な毛を指で掬い上げました。
「銀狼さんのこの毛は、外からの敵から身を守る鎧。でも、根元の方はとても柔らかくて、信頼した人にしか触らせてくれません。ルナ・コットンは、私の不安を吸い取ってくれるみたいにフワフワです。……でも、今のブラシじゃ、毛の奥に溜まった疲れまで届かないんです。彼らが、ただ生きてそこにいてくれることへの感謝を、指先から伝えたいんです。それには、あなたの魂がこもった道具が必要なんです!」
シノの瞳には、一切の打算もありませんでした。ただ純粋に「もっとモフモフたちを幸せにしたい」という熱い想いだけが溢れています。
バルカンは、シノが差し出した安物のブラシをじっと見つめました。使い込まれ、持ち主の指の形に馴染んだその道具からは、どれだけ彼女が丁寧に動物たちと接してきたかが伝わってきました。
「……ふん。毛の奥に溜まった疲れ、だと? 武器を『命』と呼ぶ奴は多いが、毛並みを『魂』と呼ぶ馬鹿はおめぇが初めてだ」
バルカンは不器用な手つきで髭をひねると、ガハハと豪快に笑いました。
「気に入った! 嬢ちゃんのその『モフモフ愛』、俺の槌で応えてやる。だがな、最高のブラシを打つには火の精霊の機嫌を伺わにゃならん。一日……いや、一晩はかかるぞ。それまでその辺の温泉で、その毛玉どもの汚れでも落としてくるんだな」
バルカンに追い出されるように工房を後にしたシノは、彼に教わった隠れ温泉を目指して歩き始めました。
火山地帯とはいえ、少し道を外れると、地熱を利用して育つ不思議な極彩色の植物が並ぶ、穏やかな散歩道が続いていました。
「一晩かかるかぁ。よし、今日はもう、思いっきりお休みしちゃおうね」
急ぐ旅ではありません。シノは道端で見つけた、熱を帯びてほんのり温かい「ポカポカの実」を収穫し、銀狼と分け合いました。
「あ、見て。あそこの岩陰、蒸気が噴き出してて、天然の蒸し器みたいになってるよ」
シノは、ギルドのセシルさんから持たせてもらっていた干し肉や野菜を、その蒸気にさらしてみました。数分待つと、いい匂いが漂ってきます。
「はい、みんなで半分こ」
岩の上に座り、ホクホクの野菜を頬張るシノ。横では銀狼が尻尾をゆっくりと振り、ルナ・コットンは蒸気でさらに膨らんで、まるで白い綿あめが宙に浮いているようです。
時折、遠くで火山がゴロゴロと鳴りますが、それは恐ろしい破壊の音ではなく、大地が呼吸しているような、どこか懐かしい響きでした。
「ゲームって、戦わなくてもこんなに楽しいんだ……」
ゆっくりと時間をかけて歩くこと一時間。ようやくたどり着いたのは、乳白色のお湯がこんこんと湧き出る、岩囲みの露天風呂でした。
「わぁ……! 貸し切りだね。さあ、みんなで入ろう!」
夕暮れに染まる火山の景色を眺めながら、シノは一日の疲れを癒やすべく、モフモフたちと共に温かいお湯に身を沈めるのでした。




