聖女の逃走と、ギルドマスターの密命
秘密の庭園で心ゆくまでモフモフを堪能したシノは、レオン・フェザーから「またいつでも来るとよい」という言葉と、お土産に「聖域の果実」をもらって街へと戻ってきました。
しかし、街の様子が何やらおかしいことに、シノはすぐ気づきます。
「あ! あの子じゃない!? 銀狼を連れた調律師って……」
「本当だ、頭の上にあの『光る毛玉』が乗ってる!」
街の広場に入った途端、プレイヤーたちの視線がシノに集中しました。中には録画機能を使おうと近づいてくる人や、フレンド申請を送ろうと詰め寄ってくる人の姿も。
「ひゃぅっ!? な、なんでみんな私を見てるの……!?」
ゲーム初心者のシノにとって、この突然の注目は恐怖でしかありません。慌ててフードを深く被り、銀狼の毛並みに隠れるようにしてギルドへ逃げ込みました。
ギルドの中も、シノが入るなり一瞬で静まり返ります。受付のセシルが心配そうに駆け寄ってきました。
「シノ様! 大丈夫ですか? ……掲示板でかなり有名になってしまわれたようで」
「セシルさん、助けてください……。普通にのんびり遊びたいだけなのに……」
そこへ、奥の重厚な扉から一人の男性が現れました。
精悍な顔立ちに、歴戦の傷跡。
しかし、その手にはなぜか可愛らしい肉球柄の便箋を持っています。彼こそがこのギルドの頂点、ギルドマスターのガウルでした。
「君がシノか。騒がしくてすまんな。……実はな、君にしか頼めない依頼があるんだ」
ガウルは真剣な面持ちで、一枚の依頼書を差し出しました。
「東の街道で、一匹の『ビッグ・ベア』が暴走して、流通を止めている。本来なら討伐対象だが……あいつは本来、温厚な性格なんだ。何か理由があるはずだと俺は見ている。調律師の君に、あいつを鎮めてきてほしい」
「……戦わなくていいなら、やってみます」
シノは、街中の視線から逃げ出す絶好のチャンスだと思い、その依頼を即座に引き受けました。
シノは銀狼の背に乗り、ギルドの裏口からこっそりと出発しました。
街道を進むと、そこには確かに、自分の頭を抱えて暴れている巨大なクマがいました。
『いたい……みみが、いたいよぉ……!』
シノが【調律師】の耳を澄ませると、聞こえてきたのは怒りではなく、痛みの声でした。
そっと近づいたシノは、クマの耳の中に「毒トゲ蜂」が入り込んでいるのを見つけます。
「よしよし、痛かったね。今取ってあげるから……」
銀狼が威圧感でクマを落ち着かせている間に、シノは聖域でもらった「癒やしの果実」をすり潰して耳へ。すると、蜂は逃げ出し、クマの痛みは瞬時に消え去りました。
「ガオー……(ありがとう……)」
クマはシノをぺろりと舐めると、満足そうに森の奥へ帰っていきました。
「よし、解決! ……さて、急いで報告して、街を出なきゃ」
シノは追っ手のプレイヤーたちが来る前にギルドへ戻り、ガウルに完了報告を済ませました。
ガウルは「まさか10分で終わるとは……」と呆気に取られていましたが、シノは報酬を受け取るやいなや、セシルにこう告げました。
「セシルさん、私、少し遠くへ行こうと思います。南の方に、助けを待っているモフモフがいるみたいなんです」
「……シノ様らしいですね。どうかお気をつけて。あなたの優しさは、この世界の光ですから」
セシルが丁寧に深々とお辞儀をする中、シノは再び銀狼の背に飛び乗りました。
「さあ行こう! 目指すは南の火山。新しいモフモフが待ってるよ!」
背後から「あ! 聖女がいたぞー!」というプレイヤーたちの声が聞こえてきましたが、銀狼の快速には追いつけません。
こうしてシノは、有名人としての騒がしい日常を振り切り、新たな出会いと「究極の温もり」を求めて、未知のエリアへと駆け出していったのでした。




