賑わいの「冒険者ギルド」
「あまい、おはな……」
手のひらの中で、マシュマロのように柔らかな毛玉が「きゅぅ」と鳴きました。シノはその温もりと驚きの柔らかさに、胸がときめくのを抑えられません。
「わかったわ。待っててね、今探してくるから!」
シノは毛玉をそっと抱き上げると、バナードに教わったギルドへと向かいました。
ギルドの重厚な木の扉を押し開けると、そこには活気あふれる光景が広がっていました。
鎧を鳴らして笑い合う戦士たち、空中に魔法陣を浮かべて予習をする魔術師。皆、この世界を「攻略」しようと瞳を輝かせています。
シノは少し気後れしながらも、受付へと歩み寄りました。
「いらっしゃいませ。本日はクエストの登録ですか? それとも、パーティーの募集でしょうか」
受付嬢のセシルは、金色の髪をサイドに流し、完璧な微笑みを浮かべてシノを迎えました。彼女の指先は、慣れた手つきで羊皮紙の束を整理しています。
「あの……この子が、お腹をすかせていて。『甘い花』がどこにあるか知りたくて来ました」
「おや……?」
セシルは一瞬、驚いたように目を丸くしました。
多くのプレイヤーは「効率よくレベルを上げる場所」や「レア武器のドロップ情報」を聞きに来るからです。しかし、セシルの表情はすぐに、より親密で柔らかなものへと変わりました。
「ふふっ。その子のためにギルドへいらしたのですね。その毛並み……どうやら『ルナ・コットン』という、精霊に近い希少な魔獣の幼体のようですわ」
「えっ、希少……? こんなに丸いのに?」
「ええ。彼らが好むのは、ここから少し離れた【迷霧の森】に咲く『星蜜草』です。ただ……」
セシルは少し困ったように眉を下げました。
「おい、嬢ちゃん。その格好で『迷霧の森』に行くつもりか?」
横から声をかけてきたのは、カウンターで酒を飲んでいた大柄な戦士のプレイヤーでした。背中には身の丈ほどもある大剣を背負っています。
「あ、はい。この子が欲しがっているので……」
「あそこは『初心者お断り』のダンジョンだぜ。視界が悪いうえに、レベル15以上のゴブリンが徘徊してやがる。俺たちでもパーティーを組まねえと、お宝……いや、奥までは行かねえ場所だ」
戦士はシノの装備(初期の布服と、頼りないステッキ)を見て、呆れたように笑いました。
「……でも、この子が」
シノが抱えたルナ・コットンを見せると、戦士の隣にいた魔法使いの女性が、思わず「……可愛い」と声を漏らし、身を乗り出しました。
「ねえ、その子……。もしかして、調律師のスキルでなつかせたの? 珍しいわね、その職。……いいわ、教えてあげる。森の入り口付近なら、ゴブリンは少ない。でも、お目当ての『星蜜草』は、森の最深部……通称【微睡みの古城ダンジョン】の近くにしか自生してないわ」
「ダンジョン……」
ゲーム初心者のシノにとって、その言葉はとても険しく、高い壁のように感じられました。
「ありがとうございます。……難しそうだけど、行ってみます」
シノが深々とお辞儀をすると、受付のセシルがそっと身を乗り出して、小さな、琥珀色の実が入った小袋を差し出してくれました。
「シノ様。これは『カモミールの香油』です。モンスターは強い匂いを嫌います。これを体に塗れば、戦闘を避けながら進めるかもしれませんわ。……ギルドの公式な支援ではありません。私個人の、その可愛い子への差し入れです」
「セシルさん……! ありがとうございます!」
NPCであるはずのセシルの瞳には、プログラムを超えたような慈しみが宿っていました。
シノは、胸の前の毛玉をぎゅっと抱きしめ直します。
「大丈夫だよ、一緒に行こうね」
『きゅー!』
こうして、右も左もわからない初心者のシノと、お腹をすかせた謎の毛玉の、初めての「ダンジョン攻略」が幕を開けたのです。




