楽園の守護龍と、孤独な銀嶺
伝説の楽園「アステリア島」での冒険は、シノの想像を遥かに超えた「モフモフのゲシュタルト崩壊」を引き起こすほど、幸せに満ちたものでした。
フェニックスが雲の峰を越えると、そこには空中に浮かぶ宝石のような島が広がっていました。草原は柔らかな光を放ち、木々には綿飴のような実がなっています。
降り立ったシノを真っ先に迎えたのは、足首まで埋まるほど毛が伸びきった「雲羊」たちの群れでした。
「メェ~、メェ~(重たいよぉ、誰か脱がせて~)」
「わぁ、大変! みんな、今すぐ軽くしてあげるね!」
シノはバルカン特製の黄金ブラシを手に取り、新スキル【旋律の毛刈り】を発動。ブラシを滑らせるたびに、羊たちの毛がまるで春の雪解けのように、ふわり、ふわりと脱げていきます。
「……何これ、指がどこまでも沈んでいく……!」
刈り取った「雲毛」は、地面に落ちることなくシノの周りをぷかぷかと浮き、天然のクッションに。
羊たちは体が軽くなって、文字通りピョンピョンと空を跳ね回りました。
その後、森へ向かったシノは、七色に輝く尻尾を持つ「虹狐」たちと遭遇します。彼らはテレパシーを使い、姿を消してシノを翻弄しますが、シノは【調律師】の心で彼らの「ワクワクしている気配」を察知。
「みーつけた! えいっ!」
シノが背後からそっと抱きしめると、狐は「きゅうっ!?」と驚き、実体化してシノの腕の中でとろけてしまいました。
虹色の毛並みは、触れるたびに色が変わり、温かかったり、ひんやりしたり……。
シノは、まるで虹そのものを撫でているような不思議な感覚に包まれました。
楽園の最奥、常に清らかな雪が舞う「銀嶺の聖域」に、その子はいました。
これまでの動物たちとは比べ物にならない威厳。けれど、どこか悲しげな瞳をした守護龍「アルビオン」。
全身が白銀の、絹糸よりも細く長い毛に覆われており、龍というよりは「空を飛ぶ巨大な長毛種の猫」のような姿です。
『……人よ。我に何を求めに来た。我の鱗か? それとも、永き時を生きる我の知識か?』
地響きのような声。しかし、シノは龍の足元まで迷わず歩み寄ると、その白銀の毛にそっと手を触れました。
「ううん。……あなた、ずっと、誰にも触ってもらえなかったんだね。こんなに素敵な毛並みなのに、少しだけ……寂しい匂いがする」
龍の体が、ビクリと震えました。
守護龍はその圧倒的な力ゆえ、誰も近づくことができず、数千年の時をただ「崇められる対象」として過ごしてきたのです。
「調律師の私にはわかるよ。あなたは戦いたいんじゃなくて、ただ……誰かに、ブラッシングしてほしかったんだよね?」
シノは、バルカンが込めた熱を最大限に引き出し、自身の全魔力を黄金のブラシに注ぎ込みました。
「最高に気持ちよくしてあげる。……覚悟してね?」
シノが龍の首筋から背中にかけて、ゆっくりと、祈るようにブラシを通しました。
黄金の光が龍の白銀の毛と共鳴し、聖域全体が温かな光に包まれます。
『……あ……。あああ…………』
龍の口から、威厳のかけらもない、とろけきった溜息が漏れました。
シノは、高さ数メートルもある龍の背に、銀狼の手助けを借りてよじ登り、丁寧に、丁寧に毛玉を解き、艶を出していきます。
数時間後。
そこには、シノの膝に巨大な頭を乗せ、喉を「ゴロゴロ……」と雷鳴のように鳴らして爆睡する、世界最強の守護龍の姿がありました。
「ふふ、おやすみなさい。いい夢を見てね」
シノは疲れ果てて、そのまま龍の柔らかなお腹の毛に埋もれるようにして眠りにつきました。
銀狼も、ルナ・コットンも、そして伝説の龍も。
この場所では、強さも種族も関係ありません。
ただ「温かくて、心地よい」という幸せだけが、静かに流れていました。
【ワールド・アナウンス】
アステリア島の守護龍が「安らぎ」に達しました。全世界のモンスターの好戦性が一時的に低下します。
原因:プレイヤー「シノ」による【究極のブラッシング】
地上では再び「あの初心者がまた何かやらかしたぞ!」と大騒ぎになっていましたが、楽園のシノには、そんな声は届きません。
ただ、幸せな寝息だけが、雲の上を渡っていきました。




