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転生令嬢、もふもふと前世の社畜スキルで領地改革〜没落領地の立て直しなんてホワイトすぎて余裕です!〜  作者: こうと
第一章 異世界転生 そして残業開始

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第9話 労働力の確保は必要です

 会頭との交渉を終え、銀糸麦の種が入った革袋を抱えて商会の重厚な扉を出たところで、待機していたハンスさんが悲鳴のような声を上げた。


「リ、リリア様! 三日で一千キロ!? 今、店員たちが噂しているのを聞きました! いくら魔法が使えても、そんなの無茶です! お体の水分がすべて枯れ果ててしまいますぞ!」


「大丈夫よ、ハンスさん。水分補給はこまめにするし、なんなら魔力で栄養を直接細胞に送り込む手法も確立してるわ。……それより、問題は物理的な工程タスクよ」


 私は馬車に乗り込み、膝の上のクロを撫でながら脳内のガントチャートを指でなぞった。


 銀糸麦の種を蒔き、魔法で超高速成長ハイ・アクセラレートさせるのは私の役目だ。

 けれど、収穫した麦を脱穀し、選別し、袋に詰めて、馬車に積み込む。

 この「物理レイヤー」の作業を、八歳の私と、ぎっくり腰予備軍のハンスさんの二人だけでやるのは、明らかにスケーラビリティに欠けている。


「ハンスさん、悪いけど少し寄り道して。この街の『労働市場』を確認したいの」


「労働市場……? ギルドに行かれるのですか?」


「いいえ、ギルドを通すと仲介手数料と身元確認で時間がかかるわ。今必要なのは、今日から、いや『今この瞬間から』現場に入れる即戦力の中途採用枠よ」


 私は馬車を降り、街のメインストリートから一本入った、日雇い労働者や訳ありの者たちが集まる広場へと足を向けた。

 前世でも、デスマーチ(超短納期案件)が決まった直後にやることは決まっている。派遣会社を叩き起こすか、無理を言える外注先に泣きつくかだ。


 石畳が汚れ、どんよりとした空気が漂う路地裏。

 そこで私は、見つけた。


「……おい、この出来損ない! 獣人のくせに力がねぇなら、ゴミ以下の価値しかねぇんだよ!」


 数人の粗野な男たちが、一人の少女を囲んで罵声を浴びせていた。

 少女は地面に這いつくばり、ボロボロの服から覗く灰色の狼の耳を力なく垂らしている。

(……あ、待って。今、私の脳内データベースが『警告』を鳴らしたわ)


 地面に這いつくばる彼女の「狼の耳」を見た瞬間、リリアとしての八年間の記憶が、走馬灯のように情報の濁流となって押し寄せてきた。


 この世界――ルベリット男爵家が仕えるこの王国において、獣人という存在がどう定義されているか。

 かつての社交界での噂話、家庭教師が忌々しそうに語っていた歴史。それらを検索ソートして出てきた結果は、あまりにも「非効率的」な内容だった。


『獣人は魔力を持たぬ、呪われた種族である』

『彼らは理性の欠けた半獣であり、人間が管理・使役すべき下等生物である』


 それが、この世界の共通認識コモンセンスという名のバグだった。

 多くの貴族にとって、獣人は人間以下の「動く道具」か「奴隷」に過ぎない。どれほど有能であっても、耳と尻尾があるというだけで、まともな労働契約を結ぶ対象から除外される。


(……はぁ。なんて非合理的な社会システム(バグ)なの)


 私は心の中で深いため息をついた。

 前世のブラック企業でもあったわね。「女性だから」「若手だから」「中途採用だから」という理由だけで、能力に関わらず低い評価しか与えない老害管理職。

 

 でも、エンジニアとしての私の眼は、彼女の『スペック』を正確に計測スキャンしている。

 

 人間に勝る聴覚と嗅覚。

 過酷な労働環境でも耐えられるであろう強靭な筋繊維。

 そして何より、社会から拒絶されているがゆえに、「一度でも正当な評価(雇用)を与えれば、驚異的な忠誠心を示す」という、中途採用市場における『最高のお宝物件(未評価株)』だということを。


(差別? 偏見? そんな感情、リソースの無駄遣いよ。大事なのは『その人材が納期を守れるか』、ただ一点だわ)


「……ミーナ。周りの連中が何を言おうと、私の前では関係ないわ」


 私は、リリアとしての記憶にあった「獣人への蔑み」を、脳内のゴミ箱へドラッグ&ドロップして完全に消去した。

 

「私は、あなたの『能力』を買いたい。……それ以外のノイズは、全部私がデバッグ(排除)してあげる」

 

「借金が返せねぇなら、さっさと炭鉱にでも売り飛ばされてろ! その耳と尻尾があれば、見世物小屋でもいい値がつくだろうよ!」


「…………っ、ごめんなさい……でも、私……これ以上は、もう……」


 男が笑いながら、少女の脇腹を蹴り上げようと足を振り上げた。

 

「ハンスさん、あの子の『スペック』はどう思う?」


「えっ!? いや、それどころでは……リリア様、お逃げください! あのような不逞ふていの輩に、令嬢が関わってはなりません!」


「私は、あの子の『体格』と『指の動き』を聞いているの。……うん、獣人特有のしなやかな筋肉。そして、恐怖に震えながらも泥を掴む指の繊細さ。……よし、採用スカウトね」


「採用ぉぉぉ!?」


 私は、前世で数多の外注先を納期内にまとめ上げてきた『現場監督』のオーラを全開にして、男たちの前に躍り出た。

 

「あら失礼。私の相棒クロが、不浄なノイズのせいでブラッシングの集中力が削がれると言っているわ。……静かにしていただけるかしら?」


「あぁん!? なんだこのガキは……。引っ込んでろ、今はこの獣人のケジメを――」


 私は返事を聞く前に、指先をパチンと鳴らした。

 

(実行命令:ライト・バースト。座標:男たちの視神経前方一センチ。出力:三〇〇%)


 パッ! という、太陽の爆発を凝縮したような鋭い閃光が、男たちの目の前で弾けた。

 

「ぎゃあああああっ!? 目、目がぁぁぁ!!」


「ついでに、クロ。少し『覇気』をサービスしてあげて」


「へっ、お安い御用だ。……おい、ゴミども。伝説の厄災獣を前にして、よくもまぁ下品な声を上げるもんだな。――死にたいのか?」


 クロが低い声で唸り、金色の瞳を光らせる。

 その瞬間、路地裏の気温が数度下がったような錯覚に陥るほどの威圧感が放たれた。

 

「ひ、ひぃぃぃ! ば、化け物だぁぁ!!」


 男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 

 静寂が戻った路地裏。

 私は、怯えた瞳で私を見上げる狼の少女の前に、屈んで視線を合わせた。

 

「……怪我はない?」


「…………どう、して…………。……私、獣人だよ……? 不吉だって、みんなに……」


(……あ、待って。今、私の脳内データベースが『警告』を鳴らしたわ)


 地面に這いつくばる彼女の「狼の耳」を見た瞬間、リリアとしての八年間の記憶が、走馬灯のように情報の濁流となって押し寄せてきた。


 この世界――ルベリット男爵家が仕えるこの王国において、獣人という存在がどう定義されているか。

 かつての社交界での噂話、家庭教師が忌々しそうに語っていた歴史。それらを検索ソートして出てきた結果は、あまりにも「非効率的」な内容だった。


『獣人は魔力を持たぬ、呪われた種族である』

『彼らは理性の欠けた半獣であり、人間が管理・使役すべき下等生物である』


 それが、この世界の共通認識コモンセンスという名のバグだった。

 多くの貴族にとって、獣人は人間以下の「動く道具」か「奴隷」に過ぎない。どれほど有能であっても、耳と尻尾があるというだけで、まともな労働契約を結ぶ対象から除外される。


(……はぁ。なんて非合理的な社会システム(バグ)なの)


 私は心の中で深いため息をついた。

 前世のブラック企業でもあったわね。「女性だから」「若手だから」「中途採用だから」という理由だけで、能力に関わらず低い評価しか与えない老害管理職。

 

 でも、エンジニアとしての私の眼は、彼女の『スペック』を正確に計測スキャンしている。

 

 人間に勝る聴覚と嗅覚。

 過酷な労働環境でも耐えられるであろう強靭な筋繊維。

 そして何より、社会から拒絶されているがゆえに、「一度でも正当な評価(雇用)を与えれば、驚異的な忠誠心を示す」という、中途採用市場における『最高のお宝物件(未評価株)』だということを。


(差別? 偏見? そんな感情、リソースの無駄遣いよ。大事なのは『その人材が納期を守れるか』、ただ一点だわ)


「……周りの連中が何を言おうと、私の前では関係ないわ」


 私は、リリアとしての記憶にあった「獣人への蔑み」を、脳内のゴミ箱へドラッグ&ドロップして完全に消去した。

 

「私は、あなたの『能力』を買いたい。……それ以外のノイズは、全部私がデバッグ(排除)してあげる。種族なんて、履歴書の備考欄程度の情報よ。……名前は?」


「…………ミーナ」


「いい名前ね、ミーナ。私はリリア・ルベリット。没落男爵家の当主代行よ。単刀直入に言うわ。――仕事、探してる?」


 ミーナが呆然と目を見開く。

 私は彼女の汚れをハンカチで拭い、人事担当者のような冷徹かつ魅力的なオファーを叩きつけた。


「我が家のメイドとして採用します。条件は、給料支給、衣食住の完全保証。そして、あなたの残っている『債務』はすべて我が家で肩代わり(損切り)してあげる。……どう?」


「……え…………あ、ありがとう……ございます……。でも、私……本当に、何もできないし、運も悪いし……」


謙遜けんそんは面接ではマイナスよ。……ただし、一つだけ覚悟してほしいことがあるわ」


 私は彼女の手を取り、真っ直ぐにその瞳を見つめた。


「現在、我が家は三日後に『一千キロの麦を納品する』という、超特急プロジェクト(デスマーチ)の真っ只中なの。……ミーナ、あなたに聞きたい。――今日から三日間、不眠不休で働ける?」


「……えっ。不眠……不休……?」


「大丈夫。私が魔法で細胞の疲労をデバッグしてあげるから、体力的には問題ないわ。三時間睡眠さえ確保できれば、人間は意外と動けるものよ。……落ちぶれた家と一緒に、どん底から這い上がる気はある?」


 ミーナは、八歳の少女が放つ、あまりにも「現実(仕事)」に根ざした、けれど力強い覇気に圧倒されていた。

 

 助けられた感動。

 それと同時に、「あれ、このお嬢様……もしかして、とんでもなくブラックな上司なんじゃ……?」という生存本能からの警報。

 けれど、ミーナの出した答えは決まっていた。


「…………やる。私、お嬢様についていく。……だって、初めて、私を『ゴミ』じゃないって言ってくれたから」


「採用決定(内定)ね! ようこそ、ルベリット家へ。……ハンスさん、馬車を出して。……プロジェクト・リーダー(私)と、セキュリティ(クロ)と、現場監督補佐ハンスさんと、新入社員ミーナ。最高のチームが揃ったわ!」


「「…………(はいっ!)」」


 ハンスさんは「またリリア様が訳ありの……!」と天を仰ぎ、ミーナはこれから始まる地獄を知らずに馬車に乗り込んだ。

 

 馬車がルベリット領へと走り出す。

 夕日に照らされる私の横顔は、もはや幼女のそれではなく、納期直前の凄腕エンジニアのそれだった。


「(さあ、まずは銀糸麦を芽吹かせるわよ。……ミーナ、さっそく今夜一時の定時(始業)から、収穫用袋の検品百枚、お願いね)」


「……ひゃいっ!」


 ミーナの返事が、夕闇に溶けていった。

 伝説の厄災獣を相棒にし、獣人メイドを部下に従えた社畜令嬢リリア。

 彼女の「不眠不休ホワイトな領地改革」は、いよいよ第一の山場を迎えることになる。

【お願い】

お読みいただき、ありがとうございます!!


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