第31話 睡眠効率化魔法
月明かりに照らされた、ルベリット家王都別邸。
一言で言えば、ここは「物理的なバグの巣窟」だった。蔦は壁を侵食し、窓ガラスは割れ、近隣からは『幽霊屋敷』と呼ばれている。
「……ひどいわね。前世の倒産した下請け会社のオフィスより腐敗が進んでいるわ。これじゃ『王都支社』としてのバリュエーションが上がらないわ」
私は腕を組み、冷徹なエンジニアの眼で屋敷をスキャンした。
この屋敷を明朝までに「最高級のオフィス兼邸宅」に書き換えなければならない。だが、ふと隣を見ると、アラン王子とミーナが馬車旅の疲れで今にも倒れそうになっていた。
「(……あ、これ、人的リソースの『危険信号』だわ)」
私は即座に脳内の管理パネルを切り替えた。
自分の感覚で部下を使い潰すのは、無能な経営者のすることだ。
優秀なリーダーは、部下の『稼働率』を最大化するために、まず『休息』を最適化しなければならない。
「アラン顧問、ミーナ。あなたたちは今すぐその場に座りなさい。――『強制メンテナンス』の時間よ」
「……え? メンテナンス……? リリア嬢、僕はもう指一本動かせないよ……」
「わかってるわ。だから、私の新魔法――**【超効率的急速睡眠】**を適用するわ。これを使えば、四時間の睡眠で八時間分の疲労をデバッグできる。……いい? これは業務命令よ。今すぐ寝なさい!」
私は二人に魔法をかけた。
一ヶ月の特訓で編み出した、脳のアルファ波を強制的に安定させ、肉体の修復機能を数倍に跳ね上げる「睡眠ブースト魔法」だ。
「えっ……あ……なんだか、すごく……眠……」
二人は抗う間もなく、私が魔法で一瞬にして整えたフカフカのソファに倒れ込み、幸せそうな寝息を立て始めた。
「よし。――二人には二時間だけ休んでもらうわ。その間に、私はハードウェア(屋敷)の全取っ替えを済ませる。……クロ、あんたは『廃棄物処理』をお願い。屋敷の中のゴミを庭の隅に集めておいて」
「……ふん。部下を無理に働かさず、魔法で眠らせてから自分でやるか。……お前、前世ではよっぽど『壊れたサーバー』の面倒を見てきたんだな」
「失礼ね。私はただ、部下の『ダウンタイム』を最小限にしたいだけよ」
クロが仔犬の姿から本来の影を膨らませ、屋敷の中のガラクタを次々と外へ放り出していく。
その間に、私は屋敷の「構造計算」を開始した。
(対象:屋敷全体の石材。実行命令:腐食箇所の削除、および健全箇所の自己増殖。結合定数:最適化――ラン!)
私は地面に両手を突き、魔力を一気に流し込んだ。
バキバキバキッ!!
蔦が枯れ落ち、割れた窓枠がみるみるうちに再生していく。屋根の上の瓦は、まるで意思を持っているかのように元の位置へと整列し、鏡面加工を施されたように月光を弾いた。
「……ふぅ。次は『インテリア・コーディング』ね」
私は屋敷内に入り、壁に「自動温度調整」と「自動調光」の回路を刻み込んでいく。
午前三時。
魔法のタイマーが鳴り、アラン王子とミーナがパチリと目を開けた。
「……えっ!? ……えええっ!? なにこれ、体が軽い! 十年くらい熟睡したあとのような爽快感だ!」
アラン王子がソファから飛び起き、自分の手足を確認して驚愕している。
「おはよう、二人とも。四時間の急速充電で、コンディションはパーフェクトね。……見て、屋敷の『外装』のアップデートは終わったわよ」
「な……ななな、何だこのお城のような内装は!? さっきまで幽霊屋敷だったよね!?」
ミーナがピカピカに光る大理石の床を見て、腰を抜かしている。
「驚いている暇はないわ。ここから夜明けまでの三時間は、リフレッシュしたあなたたちの『フル稼働時間』よ! アラン顧問、登記書類の作成を三倍速で終わらせて! ミーナ、家具の配置レイアウトをマニュアル通りに進めるわよ! ――さあ、残業(お仕事)再開よ!!」
「……っ!! はいっ、お嬢様! 今の私なら、百人分の仕事ができます!!」
「……ああ、もういい。魔法のせいで脳が冴え渡って、やる気が止まらないんだ……。これ、ある意味で恐ろしい拷問だけど、最高に気持ちがいいよ、リリア嬢!!」
急速睡眠魔法で無理やり「絶好調」にされた大の大人が二人、八歳の幼女に率いられて猛然と働き始める。
クロがその様子を見て、ボソリと呟いた。
「…………こいつら、お前の魔法で『社畜』に改造されちまったな。……可哀想に、もう一生逃げられんぞ」
「失礼ね。これが最新の『健康経営』よ」
★
午前八時。
王都の住民たちが、散歩のために外へ出ると。
そこには「世界の理」が崩壊したかのような光景が広がっていた。
一晩で建った、白亜の超近代的大豪邸。
その門には、洗練されたデザインの看板が掲げられていた。
【ルベリット・ホールディングス:王都本店】
門の中から現れたのは、徹夜明けとは思えないほど肌ツヤが良く、ギラギラした瞳でやる気に満ち溢れたアラン王子とミーナ。
そして、その中心で「定時(朝)よ!」と爽やかに微笑む幼女CEOだった。
「(……よし、スタッフのコンディション管理は万全。屋敷のデプロイも完了。……次は、王都の貴族たちに『ルベリットの衝撃』を叩き込むわよ!)」
リリアの不眠不休の最強チームが、ついに王都で産声を上げた。




