第29話 新規フランチャイズ契約
「ええい、このガキが! どこの回し者か知らんが、ギルドの許可なく魔導具をバラ撒くなど、王国通商法違反だ! 総員、その不浄な屋台を破壊しろ! 抵抗するなら容赦なく斬り捨てて構わん!」
真っ赤な顔をして怒鳴り散らすのは、魔導師ギルド出張所長のマルファス。
その後ろでは、ギルドが雇った柄の悪い衛兵たちが、抜き放った剣をギラつかせながら距離を詰めてくる。
広場に集まっていた住民たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。
せっかく温まった広場が、一瞬で恐怖という名の「バグ」に汚染されていく。
「(……はぁ。せっかく三時間睡眠のフルチャージで、最高にクリエイティブな気分だったのに。朝っぱらから、ノイズの大きいクライアントね)」
私は屋台のカウンターにひょいと腰掛け、冷徹なエンジニアの眼でマルファスを射抜いた。
前世のデスマーチ中に、進捗も知らないのに「規則だから」と横槍を入れてくる本社の監査役。あれと全く同じ匂いがする。
「マルファス所長。一つ修正させていただきますわ。私は『販売』しているのではなく、一週間の『無償トライアル(体験版)』を提供しているだけです。対価を徴収していない以上、ギルドの通商法には抵触しません。――それとも、あなたの脳内仕様書には『親切』も違法だと記されているのかしら?」
「ぐ……っ、屁理屈を! とにかく、この街の魔導具はすべて我々ギルドの管理下にあるのだ! 貴様の持ち込んだそのガラクタは、安全性が担保されていない危険物だ!」
「安全性、ですか。……ブーメランね」
私は、肩の上のクロを軽く叩いた。
「クロ。昨夜の『ログ』、皆さんの前で開示してくれる?」
「……ふん。安い御用だ。……おい、お前ら。耳をかっぽじってよく聞け」
クロが仔犬の姿のまま、凛とした声を広場に響かせた。
「昨夜、俺がギルドの裏倉庫をスキャンした結果だ。そこには、市場の供給を三ヶ月分まかなえるだけの魔石が隠匿されていた。しかも、その多くは王宮に納品されるはずの『一級品』……。あの大男は、それを『二級品』と偽って帳簿を改ざんし、余った差分を闇市場に流して私腹を肥やしていたぞ」
「なっ……ななな、何をデタラメを!!」
マルファスの顔が、赤から土色に変わる。
広場の空気が変わった。住民たちの目が、一斉に所長へと向けられる。
「嘘だと言うなら、今すぐギルドの地下倉庫を『実地監査』しましょうか? それとも――」
私は、横で魂の抜けた顔をしていたアラン王子の背中をバシッと叩いた。
「アラン顧問。……そろそろ、あなたの『権限』をデプロイする時間よ」
「……う、うう。……あ、ああ、わかったよ。……おい、そこの所長」
アラン王子が、フラフラと前に出た。
さすがに寝不足でやられているな……。
一晩中のチラシ書きで指が羽ペンの形に固まっているが、その瞳には王族としての、そして「ブラック上司(私)に鍛えられた」凄みが宿っていた。
「私は第三王子アラン・ド・王宮。……このルベリット男爵家の当主代行を『視察』しに来た者だ。マルファス所長。
君の行いは、王家の名の下に不当利得の疑いありと判断し、一次調査を命じる。
……衛兵。剣を収めろ。……君たちの雇い主は、今この瞬間から、王家による『会計監査』の対象だ」
アランが懐から、王家の紋章が入った印章を掲げる。
静寂。
衛兵たちが、顔を見合わせ、ガタガタと震えながら剣を落とした。
一国の王子の前で、出張所の所長ごときの命令が通るはずもない。
「バ、バカな……!? な、なぜ第三王子殿下が、こんな没落家の味方を……!!」
「味方ではないわ。……単なる『適正化』よ。……クロ、最後に一つ。彼にルベリット流の『解雇通告』をお願い」
「……ふん。待ちわびたぞ」
クロが私の肩から、フワリと地面に降り立った。
瞬間、周囲の空気が「心臓を鷲掴みにされたような」重圧に包まれる。
ズゥゥゥゥゥン……!!
クロが放つ『威圧』の波。
マルファスは悲鳴を上げることすらできず、その場に膝をつき、失禁したまま気絶した。
「……コンプライアンス違反、および業務妨害。……強制終了ね」
私は気絶した大男を一瞥し、広場に集まっていた住民たちに向き直った。
「皆さん。お待たせしました。……ギルドが独占していた魔石は、アラン殿下の権限で即座に市場に適正価格で放出させます。……そして、この『ルベリット式ヒーター』ですが――」
私は、宿の主人――北風の止まり木亭の主人を、屋台の上に呼び寄せた。
「今日から、この『止まり木亭』を、ルベリット領・第一代理店・テッポ支店として認定します。石板のレンタルと保守は、彼に任せるわ。……利益の三割は宿の取り分。……どうかしら、店主さん? 『フランチャイズ』の契約、結んでくれる?」
「え、えええっ!? わ、私なんかが、そんな夢のような……!!」
店主が感涙に咽びながら、私の前に跪いた。
「ルベリットの聖女様……!! 女神様の申し子だ……!!」
住民たちが一斉に歓声を上げ、広場は熱狂に包まれた。
……また聖女。まあ、ブランディング戦略としてはこれ以上ない成功ね。
「(……よし。テッポのエネルギー利権は確保。アランの『王族権限』の有効性も確認済み。……そして何より、最高の『導入事例(実績)』が作れたわね)」
私の脳内にある中長期ロードマップが、王都に向けて大きく進捗したのがわかった。
★
その日の昼。
宿場町を挙げた「聖女リリア」の盛大な見送りを受け、私たちは再び馬車に乗り込んだ。
車内に戻るなり、ミーナはクッションに顔を埋めて泥のように眠り始めた。
アラン王子は、死んだ魚のような目で窓の外を見つめながら、ボソリと呟いた。
「……ねえ、リリア嬢。……君は、一晩の残業で一つの街の利権を塗り替えたんだね。……王都の魔導師ギルド本部がこれを知ったら、間違いなく『戦争』になるよ……?」
「戦争? いいえ、アラン王子。――それは『市場競争』と呼ぶのよ。……さあ、次のタスクを片付けましょう。王都に到着するまでに、展示会での『プレスリリース』の下書きを終わらせてちょうだい」
「…………。……。……まだ、働くのかい…………?」
「何言ってるの。三時間寝たから、今の私は無敵よ! さあ、仕事よ!!」
「とりあえず寝させてくれ……」
「まぁいいわ……その代わり起きたらよろしくね?」
「わ、わかった……」
「…………きさま…………本当に地獄に落ちるぞ…………(ムニャムニャ)」
クロが私の膝の上で、寝言を言いながら尻尾を振った。
馬車は、雪を溶かすような熱気を纏いながら、王国の中枢――王都へと加速していく。
不眠不休の聖女、リリア・ルベリット。
彼女が次に「デバッグ」するのは、この王国の歪んだ常識そのものだった。




