第25話 ブラック新生活の始まり
翌朝、ルベリット男爵家の門前。
そこには、昨夜の「恐怖体験」ですっかり白髪混じりになった騎士団長ベネットと、虚ろな目をした騎士たちが、這うようにして馬車に乗り込もうとしていた。
「さ、さらばだ、殿下……。どうか、どうかご無事で。我々は……我々は王都へ帰り、この世の終わりを見てきたと報告して参ります……」
ベネットの言葉に、馬車のステップに足をかけたアラン王子が、爽やかな、けれどどこか悟りを開いたような笑顔で振り返った。
「ああ、ベネット。宰相閣下にはこう伝えてくれ。『アラン王子はルベリット領の異常な魔導技術、および厄災獣の監視と懐柔のため、現地に駐留し、命を懸けて調査を継続する』とな。……私は、この領地の『光』と共に歩むことに決めたよ」
「おおお……殿下! なんと自己犠牲の精神に溢れたお方だ……!!」
騎士たちは号泣しながら走り去っていった。
彼らは知らないのだ。アラン王子が「自己犠牲」ではなく、単に「最高級のモフモフ(クロ)」に魂を売ってしまっただけだということを。
「……さて。バグ(邪魔者)は去ったわね」
私は、肩の上で朝の毛繕いをしているクロを撫でながら、アラン王子に向き直った。
「アラン様。……今日からあなたの役職は『ルベリット領・対外戦略顧問』。まずは王都への『状況報告書』の作成と、今後の『銀糸麦』の関税交渉のシミュレーションをお願いするわ。……ハンス、アラン様のデスクを私の書斎の隣に用意して」
「リ、リリア嬢……。まだ朝の八時だよ? まずはゆっくり朝食を食べて、昨日の疲れを癒やしてから――」
「何を言っているの。ゴールデンタイム(深夜)を睡眠に充てた以上、ここからは『稼働率(生産性)』を上げなきゃいけない時間よ。……ミーナ、カイル、セシル! 全員リビングへ! ――第二章・第1回定例役員会議を始めるわよ!」
★
屋敷の大きなテーブル。
そこには、一ヶ月前には想像もできなかったような「精鋭メンバー」が揃っていた。
現場監督のミーナ(十四歳・獣人メイド)。
魔導開発のカイル(二十二歳・マッドエンジニア)。
財務管理のセシル(十九歳・鉄面皮の財務官)。
そして新たに加わった、外交・法務のアラン(十九歳・第三王子)。
八歳の私が一番上座に座り、膝に厄災獣を乗せている。あまりにも歪、けれどあまりにも強力な組織図だ。
「現在のルベリット領のステータスを確認します。……セシル、キャッシュフローは?」
「順調です、リリア様。ベリング商会との提携により、今月の利益は当初予測を四〇〇%上回りました。周辺の借金はすべて『損切り(一括返済)』完了。現在は領地拡大のための『不動産買収』の予算を積み立てています」
「カイル、自動化ユニットの進捗は?」
「最高ですよ、お嬢様! 『バージョン2.0』のテスト稼働に成功しました。これで領民たちは一日の労働時間をさらに二時間短縮できます。……空いた時間で、彼らに『魔法プログラミング』の基礎教育(OJT)を始めています!」
「素晴らしいわ。……アラン。あなたの仕事は、この『ルベリット・ホワイト化』を王都にどう説明するかよ」
アランは、私の差し出した複雑な数式と魔法の設計図が並ぶ資料を見て、頭を抱えた。
「……リリア嬢。君のやってることは、農業じゃない。……『産業革命』だ。これが王都に知れ渡れば、今度は騎士団どころか、国王陛下自らが君を奪いに来るよ。……私は、それを『不可侵の聖域』として法的に守るためのロジックを組めばいいんだね?」
「その通り。期待しているわよ、顧問」
「……。……。……ああ、わかったよ。君の瞳を見ていると、断るという選択肢は存在しない気がするからね。……その代わり、約束の『クロ様三十分モフり権』は、今夜の残業代として前借りさせてもらうよ」
アランが、膝の上で「ふんっ」とそっぽを向いているクロに、熱烈な視線を送る。
クロが不機嫌そうに「……おいお前、こいつの視線がキモいんだが。福利厚生?にも限度があるぞ」と唸ったが、私はそれを無視した。
★
会議が終わり、全員がそれぞれの戦場(職場)へ散っていく。
私は一人、窓から見える領地の景色を眺めた。
一ヶ月前は、枯れ木と岩しかなかった荒野。
今は、銀色に輝く麦畑と、自動で動く魔導具。そして、活気に満ちた領民たちの笑い声。
「……ホワイト領地計画、フェーズ1は完了ね」
私は、指先に小さな光を灯した。
一ヶ月間の不眠不休の特訓で得た、世界で私にしか使えない「最適化魔法」。
(……でも、まだ足りない。……この技術を維持するには、エネルギー源としての『魔導インフラ』を国中に広げなきゃいけない。そのためには……)
私の脳内に、次なる野望のロードマップが展開される。
それは、この小さな領地を飛び出し、王国全体の「常識」をデバッグして書き換える、壮大なプロジェクト。
「……お嬢様? 何をニヤニヤされているのですか? なんだか、すっごく悪いことを考えている上司の顔になってますよ……?」
ミーナが、掃除の手を止めて不安そうに私を見た。
「あら、失礼ね。……ただの、『中長期事業計画』を立てていただけよ」
その時。
屋敷の玄関に、再び一羽の伝書鳥が舞い降りた。
今度は王宮からではない。
――王都で最大の影響力を持つ『魔導士ギルド』の総本部からの招待状だった。
『ルベリット領の特異な魔導技術に敬意を表し、次月に開催される「王都魔導産業博覧会」への出展を要請する。……追伸:フェンリル様の「毛並み」のサンプルも持参されたし』
「…………。……。ミーナ、ハンスさん……カイル。セシル。アラン。……そしてクロ」
私は招待状を握りしめ、最高に凶悪な笑顔を浮かべた。
「次なるターゲット(戦場)が決まったわ。――王都の市場を、ルベリットの色に染め上げに行きましょうか!」
「「「「「「…………(また残業が始まる……!!)」」」」」」
伝説の社畜令嬢リリアと、その愉快な……もとい、疲弊した役員たち。
私たちのの爆速成り上がり劇は、領地を飛び出し、ついに王国の中枢――王都編へと突入する。
不眠不休の聖女伝説。
その真の幕が、今、ここに上がった。
これにて第2章終了です!
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