第22話 鮮度抜群の現地調達
翌朝。
三時間の「急速充電」を終え、最高にハイな状態で目覚めた私は、日々の雑務を済ませると朝食もそこそこにアラン王子一行を裏庭の広大な農場へと案内した。
視界の端で、騎士団長のベネットが昨日のクロの威圧から立ち直れず、私の肩に乗る仔犬をチラチラと見ては顔を青くしている。……うん、いい傾向ね。
「さて、殿下。こちらが我が領地の基幹システム――『魔導自動灌漑農場』です」
私が指し示した先には、銀色に輝く麦が風に揺れ、その間を整然と立ち並ぶ幾何学模様の石柱が、霧のような魔力の粒子を放っている光景が広がっていた。
「……なんだ、この景色は。リリアさん、あそこの石柱には誰が魔力を込めているんだ? 十歩おきに配置されているが、これだけの数を維持するには宮廷魔導師が何十人も必要だろう?」
アラン王子が絶句しながら問いかけてくる。その後ろでは、視察団に同行してきた王都の魔導師たちが、血走った目で石柱を凝視していた。
「いえ、誰も魔力は込めていません。あれは、大気中のマナを自動で取り込み、土壌の湿度と養分を二十四時間監視して、最適なタイミングで散水する『オートメーション・システム』です。――カイル、仕様説明を」
「はっ、承知いたしました! お嬢様の『設計図(魔法式)』の通り、無駄な冗長性をすべて排除した結果、維持コストはほぼゼロです!」
地下室から出てきたばかりの開発担当・カイルが、徹夜明けのギラついた目で石柱を叩く。
「ま、待て……! 詠唱もなく、術者もいない魔法などあり得るか!」
「魔法は神への祈りだぞ! それをこんな……ただの石に代行させるなど、魔導の冒涜だ!」
王都の魔導師たちが顔を真っ赤にして叫ぶ。
私は、前世で「最新技術の導入を拒む老害部長」を見ていた時のように、憐れみの視線を送った。
「冒涜、ですか。……ですが、この『石の棒』のおかげで、我が領地は王都の十倍の生産効率を実現しました。伝統を守って飢えるか、革新を受け入れて富むか。経営判断は自由ですよ?」
「……。……。……君の言う通りだ、リリア嬢」
アラン王子が冷や汗を拭いながら、呻くように言った。
彼は気づいているのだ。目の前にあるのが、単なる魔法ではなく「世界の理を書き換えるシステム」であることを。
――その時だった。
ドォォォォォン……!!
農場の背後に広がる「死の森」から、空気を震わせる不穏な咆哮が響いた。
地響きと共に木々がなぎ倒され、現れたのは、家一軒ほどもある巨大な猪の魔物――『ワイルド・グレート・ボア』だった。
「ひっ、魔物だぁぁぁ!!」
「殿下をお守りしろ! 防衛陣形を展開せよ!」
ベネット団長がようやく正気に戻ったように剣を抜き、部下たちに叫ぶ。騎士たちが盾を並べ、魔法の障壁を張ろうと躍起になる。
グレート・ボアは、突進の構えを見せ、その巨大な牙で大地を抉った。
「リリア嬢、危ない! 私の後ろへ!」
アラン王子が私を庇うように前に出る。……あ、この人本当にいい人(常識人)ね。
けれど、私の懸念は別のところにあった。
「(……あ、やばい。あの突進、今から実るはずの第二区画の麦をなぎ倒す気だわ。――あれは『損害(赤字)』よ)」
私の脳内損益計算書が、猛烈なスピードで赤字を計上し始める。
一分一秒を惜しんで育てた銀糸麦が、あの豚一頭のために台無しにされる?
「……コンプライアンス違反(侵入罪)ね。――クロ、処理して」
「…………ふん。アクビが出そうだな」
私の肩から、クロがフワリと宙を舞った。
「おい、小娘! その駄犬を何処へ――」
ベネットが叫び終わるよりも早く。
シュッ、という静かな音。
クロは巨大化することさえしなかった。仔犬の姿のまま、ただ一瞬、空間が歪むほどの速度で猪の横を通り抜けただけ。
次の瞬間、突進していた巨大なグレート・ボアの体が、まるで透明な糸で引かれたように、空中でピタリと停止した。
そして。
ズレる。
頭部、胴体、四肢。そして……見事なまでのバラ肉とロース。
猪の巨体は、一滴の血も大地を汚すことなく、まるで最高級の精肉店のように「完璧な部位ごと」に切り分けられ、地面に転がった。
「…………え?」
アラン王子が、抜いた剣を構えたまま固まった。
ベネットに至っては、顎が外れんばかりに口を開けている。
「……爪一閃で、あのグレート・ボアを『解体』しただと……?」
「それも、内臓を傷つけず、肉だけを完璧な切り身に……。……これは、剣技などではない……空間ごと『編集』したのか……?」
騎士たちがガタガタと震え出す中、クロは私の肩に戻り、退屈そうに前足を舐めている。
「……リ、リリア嬢。……今の……一体、何が起きたんだ?」
アラン王子が、震える声で尋ねる。
私は、血の付いていない美しいロース肉を眺めながら、満足げに微笑んだ。
「ちょうどいいわ、ハンスさん! 今夜の接待用のメインディッシュ、現地調達完了よ。……クロ、ナイスな解体ね。歩留まり(肉の取れ高)も最高だわ」
「……お、俺は……俺の爪は、魔物の肉を切るためにあるんじゃないんだが…………。まあ、お前が喜ぶなら、いい」
クロがそっぽを向く。
私は硬直している視察団の方を向き、パンッと手を叩いた。
「さあ皆さん、ボーッとしている時間は一分もありません。この肉の鮮度が落ちる前に、調理場へ運び込みますよ。……ハンスさん、ミーナ! この『猪の最高級部位』を使ったフルコース、準備を急いで! ――本日の『商談』の目玉にするわよ!」
「「はいっ!!」」
ハンスとミーナがテキパキと肉を回収し始める。
その後ろで、アラン王子は膝を地面につき、天を仰いでいた。
「……君の常識、……一度、根本からデバッグした方がいいと思うな、リリア嬢……」
「あら、褒め言葉として受け取っておきます。……さあ、殿下! 美味しいお肉が待っていますよ!」
一国を滅ぼす災厄獣を「食材カッター」として使い、魔物の襲来を「仕入れ」と断じる八歳の幼女。
アラン王子は、自分がもはや「交渉相手」ではなく、彼女の「手のひらの上の駒(あるいは顧客)」に過ぎないことを、ようやく確信し始めたのだった。
「(……よし、これで食費のコストカットも完了。……次は、騎士団の連中を使って『脱穀』の効率化を試してみましょうかね)」
リリアの黒い微笑みが、朝日に輝いていた。




