第21話 小さな守護者
ルベリット領の正門前。
黄金の紋章が刻まれた豪華な馬車と、白銀の鎧で武装した第一聖騎士団の分隊が到着した。
彼らは整然と並ぶ魔導灌漑ユニットや、見渡す限り銀色に輝く麦畑を一瞥し、隠そうともしない蔑みの笑みを浮かべている。
「……ふん。没落貴族が、禁忌の魔導で領地を飾るとは。成金趣味もここまでくれば滑稽だな」
先頭で馬を降りたのは、騎士団長ベネット。鍛え上げられた巨体に「特権階級の傲慢」を詰め込んだような男だ。
その後ろから、胃でも押さえるような仕草で、一人の青年が降りてきた。
「ベネット団長。……言葉を慎んでください。我々は『調査』に来たのです。無礼な態度は王家の名誉を傷つけます」
第三王子アラン。十九歳。
彼は私の顔を見るなり、驚きを隠すように一度瞬きをしてから、丁寧に一礼した。
「リリア・ルベリット嬢ですね。急な訪問、申し訳ない。……私はアラン。此度は貴領の驚異的な発展の理由を確認しに参りました」
「アラン殿下。ご丁寧に恐縮です。当主代行のリリアです。……ですが、殿下の後ろの方々は、あまり穏やかな雰囲気ではなさそうですが?」
私が無表情で指摘すると、アラン王子は苦虫を噛み潰したような顔をした。
彼の背後で、ベネット団長が剣の柄をカチャつかせながら、私を見下ろしている。
「……おい、小娘。殿下の御前だぞ。そんな汚らしい野良犬を侍らせるとは何事だ。今すぐその駄犬を地面に降ろせ。さもなくば、私が斬り捨てる」
ベネットの視線が、私の肩の上で丸まっているクロに向けられた。
……。
…………。
(……あ、地雷を踏んだわね)
私の隣で、ミーナが「ひっ」と息を呑み、ハンスさんは顔面を蒼白にして震え始めている。
なぜなら、私の肩の上で、クロの金色の瞳が薄っすらと開き、地獄の底から響くような不穏な魔力が漏れ始めたからだ。
「ベネット団長。この子は私の大事な『セキュリティマネージャー』です。不用意な発言は、あなたの生存戦略(命)に関わりますよ?」
「……何だと? ガキが減らず口を――」
ベネットが威圧的に一歩踏み出し、クロを掴み上げようと手を伸ばした。
その瞬間だった。
「…………。……おい。誰の許可を得て、その汚い手を伸ばしている?」
クロが、仔犬の姿のまま、低く、冷徹な声を発した。
同時に、周囲の気温が十度以上も下がったかのような凄まじい『殺気』が、ピンポイントで騎士団たちを直撃した。
「……っ!? な、なんだ……この圧迫感は……!!」
ベネットの顔から一瞬で血の気が引き、伸ばした手が凍りついたように止まった。
後ろに控えていた精鋭騎士たちも、一様に顔面を蒼白にし、膝をガクガクと震わせている。
彼らの本能が、目の前の小さな黒犬を「自らの捕食者」だと断じ、逃走を叫んでいるのだ。
「ひ……あ、あ…………」
アラン王子だけは、その威圧の圏外にいた。
彼は、冷や汗を流しながらも、震える騎士たちと、悠然と私の肩で毛繕いを始めたクロを交互に見て、戦慄していた。
(……待て。今のプレッシャー、王都に封印されている古龍を上回っていたぞ。……この幼女、あんな化け物を『肩叩き機』のように扱っているのか……!?)
アラン王子の感嘆……もとい、恐怖に満ちた視線が突き刺さる。
「……クロ。そこまでにして。相手は『お客様』なんだから、あまり怖がらせちゃダメでしょ」
「……ふん。お前がそう言うなら、今回は見逃してやる。……おい、騎士。次、俺を『犬』と呼んだら、その喉笛をデバッグしてやるからな」
クロが殺気を収めると、騎士たちはようやく肺に酸素を送り込み、その場に崩れ落ちた。
「……失礼いたしました、殿下。……さて。ちょうどお茶の準備が整っております。さっそく、我が領地の『事業内容』について説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「……。……。ああ、ぜひ……。……頼むよ、リリア嬢」
アラン王子は、死の淵から帰還したような表情で、ふらふらと私の案内に従った。
伝説の厄災獣を仔犬扱いで従える、八歳の幼女。
アラン王子は、自分がとんでもない「バグ(怪物)」の巣穴に足を踏み入れてしまったことを、ようやく骨の髄まで理解し始めていた。




