第20話 プロトタイプ・もふ
三日後に迫った王都視察団の受け入れに向けて、ルベリット家の屋敷は「不夜城」と化していた。時間は11時である。
緊急事態ということでみんなの残業も許可してしまった。申し訳ない……。
「……ハンスさん、ミーナ。これが今回のおもてなしに関する『SOP(標準作業手順書)』よ。これをすべて頭に入れてちょうだい」
私が差し出した数枚の羊皮紙。そこには、来客に対する挨拶の角度、お茶を出すタイミング、さらには「相手が失礼なことを言った時の、角の立たない論破の仕方」までが網羅されていた。
「ええと……お嬢様。この『エスカレーション(上長への報告)』というのは……?」
ミーナが首を傾げながら指差す。彼女も最近では、私の「社畜用語」にかなり慣れてきていたが、専門用語はまだ難しいらしい。
「相手の要求がハンスさんの権限を超えた場合、即座に私に投げること。いい? あなたたちの仕事は『接待』じゃなくて『営業』。相手にルベリット領の価値を見せつけて、有利な契約(融資)を引き出すのがゴールよ」
「は、はい! 承知いたしました、お嬢様!」
ミーナが軍隊のような勢いで敬礼する。……うん、教育(OJT)は順調ね。
「さて。……最後に、今回の『防衛』の要。――クロ、ちょっとこっちに来て」
ソファで高い高いをされていたクロが、面倒くさそうに私の方を見た。
「なんだ、お前。俺は今、ミーナに腹の毛を整えてもらっている最中なんだ。仕事の話なら後にしろ」
「ダメよ、これはあなたの『福利厚生』にも関わる大事なことなんだから」
私は、部屋の隅に設置した「奇妙な装置」のスイッチを入れた。
それは、カイルと共同開発した魔導具一号機の応用編。石柱に数種類のブラシを仕込み、私の魔法回路を学習させた【魔導自動ブラッシング機:プロトタイプ・モフ】だ。
「……なんだ、その奇怪な石の棒は。俺を攻撃するつもりか?」
「ふふ、まあ見てなさい。……起動!」
魔法陣が展開されると、石柱に付いたブラシが、クロの魔力の周波数に合わせて「超高速振動」を始めた。私が一ヶ月の深夜残業で身につけた『指先の魔力テクニック』を、プログラムとして完全に再現した動きだ。
「おい、やめ……んっ!? ……ぁ…………あぁぁ…………っ!!」
クロの金色の瞳が、一瞬でとろんと蕩けた。
石柱にそっと体を擦り付けた瞬間、機械のブラシが、クロが一番痒いところに「一秒間に数千回の往復」を叩き込む。
「なんだこれ……!! お前の指も凄いが、この機械……無心で、延々と、俺の魂を削り取ってくるぞ…………! あ、あう…………ぅ…………」
伝説の厄災獣が、ベッドの上で液体のように溶けていく。
「クロ。その機械を今後も使いたければ、視察団が来た時にしっかりと『威圧』をしなさい。もし、視察団が失礼なことをしたら、少しだけ殺気を見せていいわ。……それができたら、このブラッシング機を最新型(バージョン2)にアップグレードしてあげる」
「…………。……安い、安い御用だ…………。俺を誰だと思っている…………。伝説の……。……ああっ、そこ、そこだ……! もっと強く……!!」
クロが完全に骨抜きにされている。
それと同時に、クロから漏れ出した膨大な魔力が、私の設計した「おもてなしの結界」と同期し始めた。
屋敷全体を包み込む、温かくて、けれど外部からの悪意を一切通さない、世界一ホワイト(防衛力が高い)な空間。
「(……よし。セキュリティパッチは最新版を適用済み。おもてなしのマニュアルも配布完了。……あとは、相手がどんな『バグ』を持ってくるか、楽しみね)」
私は膝の上で、溶けた状態のクロを軽く叩きながら、窓の外の月を見つめた。
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