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転生令嬢、もふもふと前世の社畜スキルで領地改革〜没落領地の立て直しなんてホワイトすぎて余裕です!〜  作者: こうと
第二章 ホワイト領地宣言!

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第18話 ルベリットのCFO


 魔導灌漑ユニット『バージョン1.0』を導入してから一週間。

 わがルベリット領は、控えめに言って「バグじみた急成長」を遂げていた。


「お、お嬢様……! 今日も銀糸麦の収穫量が、昨日の二〇%増し(前日比)です! 倉庫が、倉庫がもう物理的にパンクしていますぉぉ!」


 ハンスさんが、顔面を真っ青にしながら、千切れた納品書の束を抱えて走ってくる。

 その後ろでは、新入社員のミーナが、もはや麦を袋に詰める機械と化したような虚ろな目で、「一袋、二袋……」と呟きながら作業を続けていた。


「ハンスさん、落ち着いて。キャッシュフローが潤っている証拠じゃない。嬉しい悲鳴よ」


「悲鳴どころか、断末魔でございます! 麦の売買契約、領民の給与計算、資材の在庫管理……すべてを私の手書きの帳簿でやるのは、もう限界キャパオーバーです! 私は……私はただの執事であって、会計士アナリストではないのですぅ!」


 ドサリ、とハンスさんがその場に崩れ落ちた。

 

「(……あ。これ、システムが肥大化しすぎて、サーバー(管理部門)がダウンする寸前だわ)」


 前世でもよくあった。

 開発チームが素晴らしい製品を作っても、それを売る営業や管理する経理が追いつかず、組織全体が空中分解するパターンだ。

 

 今のルベリット領に必要なのは、さらなる魔法でも、自動化でもない。

 圧倒的な事務処理能力を持つ、**『CFO(最高財務責任者)』**だ。


「わかったわ、ハンスさん。事務作業の半分は私が引き受けるから、あなたは少し休んで」


「いけません! リリア様は深夜まで魔導具の開発を……ああっ、またお嬢様が私の代わりに泥を被ろうとなさっている! なんて高潔な……! 私が、私がもっと有能であれば……っ!!」


 ……また始まったわ、ハンスさんの「聖女フィルター」。

 私はただ、数字がズレるのが気持ち悪いから自分でやりたいだけなんだけど。




       ★




 その日の深夜。

 私は一人、月明かりの下でハンスさんが残した山のような書類を整理していた。

 膝の上では、夜食を待つクロが「おい、いつまで紙を弄ってるんだ。早く俺をモフれ」と催促してくる。


「ちょっと待ってクロ。今、この領地の『損益分岐点』を計算し直しているんだから。……それにしても、ベリング会頭からの振込額、予想を三割上回っているわね。やっぱり『自動化』によるコスト削減(マージン確保)は正解だったわ」


「お前、本当に八歳か? やってることが、俺が知ってるどの魔王より冷徹で合理的だぞ」


「失礼ね。私はただ、無駄が嫌いなだけ。……でも、確かに限界ね。そろそろ『専門職』をヘッドハントしないと、私の深夜残業が本当にサービス残業になっちゃうわ」


 その時。

 屋敷の門前に、一台の質素だが気品のある馬車が止まった。

 深夜二時。こんな時間に誰?

 

 私はペンを置き、クロを肩に乗せて玄関へ向かった。

 

 扉を開けると、そこには、旅の汚れでボロボロになったドレスを着た、一人の美しい長髪女性が立っていた。

 十九歳くらいだろうか。眼鏡の奥にある瞳は、知的な光を宿しているが、同時に「世界すべてに絶望した」ような深いクマを湛えている。


「……失礼。……ここが、噂の『不眠不休の聖女』が治めるという領地でしょうか?」


「私がリリア・ルベリットですが……。あなたは?」


 女性は、震える手で一通の『解雇通知書』を取り出し、私の前に差し出した。


「私はセシル。……王都の財務局で働いておりましたが、上司の公金横領を指摘したら、その日のうちに不当解雇クビにされました。……行き場を失い、死に場所を探してこの領地に辿り着きましたが……。つい立ち寄ってしまいました。こんな夜遅くに申し訳ありません」


「…………」


 財務局出身。

 不正を許さない堅物。

 そして、カイルと会った時にも感じた『天才』のオーラ。彼と同じようなものを一目で感じた。


 私の脳内データベースが、最高ランクの『Sランク人材』だとアラートを鳴らした。


「セシルさん。……まずは中に入って。お腹、空いているでしょう?」


「え……? あ、はい。……ですが、私のような追放者は、他領でも疎まれるはず……」


「そんなのどうでもいいわ。我がルベリット家は今、致命的な『会計処理能力不足(人手不足)』に陥っているの。……セシルさん。あなたに聞きたい」


 私は、前世の最終面接官のような鋭い眼で彼女を見つめた。


「あなたは、一万行の複式簿記を、バグなしで一晩で書き上げる自信はある?」


「……え? ……。……二日いや、一晩で完璧に仕上げてみせます。……それが私のプライドですから――」


「――採用ヘッドハントよ!!」


 私は彼女の手を固く握りしめた。

 

「セシルさん。今日からあなたが、ルベリット領の『CFO(最高財務責任者)』よ。給料は王都の二倍出すわ。週休二日、私の許可なしに残業はとらせません、でも――」


「……でも?」


「今日は私の『深夜残業』に付き合ってもらうわ。……魔法と数字、どちらが先に領地を救うか、競争デバッグしましょう?」


 セシルの瞳に、王都で失われていた「職人としての火」が灯った。

 彼女は私の手を見て、そして肩に乗った厄災獣を見て、悟ったらしい。

 

(……この幼女。……この子こそが、私が一生を捧げて仕えるべき、最強の『独裁的経営者ボス』だわ!)


「……謹んで、お引き受けいたします。リリア様。……さっそく、その山積みの書類の整理から始めさせていただいても?」


「いい返事ね! クロ、夜食は三人分(プラス一匹分)用意して。今夜は長いわよ!!」


「お前、普通に俺をこき使うな……干し肉食べていいか?」


「もちろん、好きなだけ食べなさい」


「よっしゃ!!!」


 こうして、ルベリット領に「鉄面皮の財務聖女」が加わった。

 

 魔法の自動化、そして会計の近代化。

 ルベリット領の「株式会社化」への歯車が、深夜の爆速作業と共に回り始めた。


「(……よし、これで管理部門は安泰ね。……次は、この異常な発展を嗅ぎつけてくる『王都の視察団』を、どうやって接待(という名の丸め込み)するかね……!)」


 不眠不休の令嬢の野望は、もはや誰にも止められなかった。

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