第15話 合理的な中途採用術
「ホワイト領地宣言」から数日。
ルベリット領の正門前には、かつてないほどの人だかりができていた。
「おい、本当かよ。あそこに行けば飯が食えて、しかも『八時間寝られる』って話は……」
「銀色の麦が一晩で実ったらしいぞ。没落したリリアお嬢様が、聖女として目覚めたんだってよ」
噂の拡散スピードは、私の予想を上回っていた。
ベリング商会に納品した『銀糸麦』が市場に出回ったこと、そしてハンスさんに命じた「求人広告」という名の口コミが、食い詰めた人々の心に火をつけたらしい。
私は、ボロ屋敷の前に置いた使い古しのデスク――今は『受付カウンター』と呼んでいる――に座り、膝にクロを乗せて深呼吸をした。
「……よし。ミーナ、進捗はどう?」
「お、お嬢様……。門の前に、すでに五十人以上の志願者が並んでいます。中には、以前逃げ出した元領民の姿も……。彼ら、お嬢様に叱られると思って震えてますけど」
十四歳のメイド、ミーナが困惑気味に報告してくる。彼女の手には、私が作成した『スキルチェックシート』という名の羊皮紙が握られていた。
「叱る? 時間の無駄よ。……いい、ミーナ。今回必要なのは『過去の罪』じゃなくて『将来のスキル』。今日から始めるのは、ルベリット領の組織拡大に向けた第一回・大規模採用面接よ!」
「さい、よう……めんせつ?」
「ええ。適材適所。不当な差別を排除して、最もパフォーマンスを発揮できる人材を適正なポジションに配置する。――クロ、準備はいい?」
「……。俺はただ、お前の横で睨みを効かせていればいいんだな。……ふん、あいつら、俺を見るたびに腰を抜かしてて笑えるぞ」
クロが金色の瞳を光らせる。
伝説の厄災獣が面接官の横に座っている。これ以上ない「圧」だ。圧迫面接どころの話ではない。
「じゃあ、一人目。どうぞ!」
最初に入ってきたのは、以前うちから逃げ出した元農夫の男、トマスだった。
彼は私の顔を見るなり、地面に額を擦り付けて震え出した。
「リ、リリアお嬢様! 申し訳ございませんでした! 食うに困って逃げ出した俺を、どうかお許しください! どんな罰でも受けます、奴隷としてでも働かせてください!」
「トマスさん。……頭を上げて。罰を与える時間があったら、畑の一枚でも耕してほしいの」
私は冷徹な……もとい、プロの人事担当者のような瞳で彼を見た。
「過去のことはどうでもいいわ。それより、あなたの『直近のキャリア』について聞かせて。逃げ出した後、どこで何をしていたの?」
「え、えっ……? 隣の領地で、石積みや水路の補修をして食い繋いでおりましたが……」
「石積みと水路の補修? ……いいわね、建設・土木経験あり……即戦力じゃない。あなたのスキルがあれば、今のルベリット領に必要な灌漑システムの拡張を任せられるわ。――採用よ」
「……え?」
トマスが呆然とする。私は流れるような動作で羊皮紙にスタンプ(という名の魔印)を押した。
「条件は提示した通り。一日八時間の労働、週休二日。ただし、私の『進捗管理』に従ってもらうわ。……はい、次!」
「あ、あの! 罰は!? 鞭打ちは!?」
「そんなの生産性がないでしょう? 早く現場に戻りなさい。ハンスさんが休養前最後の仕事としてオリエンテーションを始めるから」
その後も、私は淡々と「面接」をこなしていった。
異世界転生モノの定番であれば、ここで「無能を装った天才」が現れるところだが、今の私に必要なのは、まずは「基盤」を支える一般職だ。
「あなたは? ……計算ができる? 素晴らしいわ、経理事務の補佐に。……あなたは? ……猟師をしていた? 森の資材調達チームへ」
並んでいた人たちが、次々と「採用」されていく。
彼らは一様に困惑していた。
自分たちは没落令嬢に叱られ、過酷な労働を命じられると思っていた。
彼らもそれなりの覚悟をしてやってきている。
それがどうだ。提示されたのは、彼らの知る異世界の常識では考えられないほどの「ホワイトな待遇」と、明確な「役割分担」。
「お、お嬢様……。本当に、あんなに雇っていいんですか? お金、大丈夫なんですか?」
ミーナが心配そうに囁く。
「ミーナ。先行投資よ。銀糸麦の売上金の一部を、人的リソースに変換しているの。人がいなければ、領地はただの砂漠。人がいれば、領地は『金を生むプラットフォーム』に変わるわ」
その時だった。
列の最後の方に、明らかに周囲の農夫たちとは違う「淀んだオーラ」を纏った男が立っていた。
ボロボロのローブ。乱れた髪。だが、その手には、使い古された魔導具の部品が握られている。
(……お、掘り出し物が来たわね)
私は膝の上のクロを軽く叩いた。クロも、
「おい、こいつは少しだけマナの匂いがするぞ」
と目を細める。
「次の方。お名前と志望動機……いえ、あなたの『ポートフォリオ』を見せてくれるかしら?」
男は力なく笑い、私の前に跪いた。
「……カイルと申します。元・王都魔導院の……落ちこぼれ研究員ですよ。魔法の自動化なんてバカな理論を唱えて、追放されました。……ここなら、死ぬまで働かせてくれると聞いたので、実験材料にでもしてください」
魔法の自動化。
私の求めていた「エンジニアリング」の単語が、彼の口から飛び出した。
「魔法の自動化……。最高にワクワクするバグね、それは」
私はデスクから身を乗り出し、八歳の幼女とは思えないほどの、ギラついた「上司」の眼をカイルに向けた。
「カイルさん。死ぬまで働かせるなんて、うちのコンプライアンス(社則)に反するわ。……その代わり、三時間睡眠で限界まで開発に没頭できる『最高のラボ(職場)』なら用意してあげる。……どう? 私の右腕として、この領地を『魔導スマートシティ』に書き換える気はない?」
「……え?」
カイルの瞳に、絶望ではない「熱」が灯る。
こうして、ルベリット領に最初の「技術職」が加わった。
夕暮れ。
ハンスさんが泣きながら、採用された領民たちに「今日からあなた方は、ルベリット家の一員です……! さあ、定時まであと一時間です、働きましょう!」と叫んでいる。
……ハンスさん、定時を意識しすぎて逆にブラックになってないかしら。なんで泣いているのだろうか。
「(組織の骨組みは整ったわね。……次は、カイルと一緒に『農業自動化』のシステム構築よ!)」
私の頭の中には、すでに領地全体の設計図が完成していた。




