第12話 夜襲、そして更生プログラム
不眠不休のデスマーチ、二日目の深夜。
ルベリット領の農場は、私の放つ青白い魔法の光に照らされ、不気味なほど幻想的な光景となっていた。
「……はぁ、はぁ……お、お嬢様……もう、腕が……上がりません……」
ミーナ(十四歳)が、収穫用の鎌を杖代わりにして、膝をついていた。
獣人の驚異的なスタミナをもってしても、私の「異常な生産速度」に付き合い続けるのは限界に近いらしい。
「大丈夫よ、ミーナ。あと四時間で『計画停電』の時間になるわ。それにほら、クロがスタンバイしてるから」
「……ほら、ミーナと言ったか。俺の腹の毛は最高級の弾力だぞ。三分だけ顔を埋めていい。……あ、おい! よだれは垂らすなよ!」
クロが文句を言いながらも、ミーナに「福利厚生」を提供している。
私は、その隙に魔法回路の冷却を行いながら、周囲の索敵を強化した。
――ガサッ。
農場の端、暗い森の境界線から、不自然な物音が響いた。
「……あら。深夜の『不正アクセス』かしら」
「お嬢様……?」
ミーナが即座に警戒態勢に入る。
闇の中から現れたのは、黒装束に身を包んだ五人の男たちだった。手には松明と、抜き放たれた短剣。
その視線は、明日には一千キロの納品物となる、たわわに実った銀糸麦に向けられている。
「へっへっへ……。ルベリットの小娘が何か企んでると思えば、こんな夜中に魔法で麦を育ててやがったか」
リーダー格の男が、下卑た笑いを浮かべた。
「だが、悪いな。ベリング子爵様からの命令だ。『ルベリットの希望をすべて焼き払え』とな。……おい、野郎ども! この麦畑に火を放て!」
「やめろ……! お嬢様が、寝る間も惜しんで育てた麦なんだぞ!」
ミーナが怒りに震えながら立ち上がるが、連勤の疲労で足元がふらついている。
私はそんな彼女の肩を優しく叩き、前に出た。
「ミーナ、下がっていて。……さて、ベリング子爵の使いの皆さん。一つ確認させてほしいんだけど」
私は、前世で「納期直前にサーバーを落としに来た別部署の人間」を見るような、底冷えのする眼で男たちを射抜いた。
「あなたたちの行為は、現在進行中の『最重要プロジェクト』に対する物理的な妨害……つまり、業務妨害およびテロ行為とみなしていいわね?」
「あぁん!? ガキが何をブツブツ言ってやがる! 死にたくなければそこをど――」
男が松明を振りかぶった瞬間。
私は一ヶ月間の反復練習で磨き上げた『精密操作』を、一気に解放した。
「――ライト(収束モード)・レーザーカッター」
シュッ、という静かな音。
男たちが持っていた五本の松明が、火が灯っている先端部分だけを綺麗に焼き切られ、地面に落ちた。
「……え?」
「次は、あなたたちの『動線(足)』をカットするわよ?」
私は右手の指を揃え、キーボードを叩くような軽やかさで空間を撫でた。
「ひ、ひぃぃぃ! なんだ今の魔法は! 聞いてねぇぞ、ルベリットの令嬢は無能だって――」
「情報のアップデート(更新)が遅いわね。……クロ、彼らの『権限』を剥奪してくれるかしら。殺さない程度に」
「ふん。ようやく俺の出番か。……おい、羽虫ども。伝説の厄災獣を夜更かしさせた罪、その身で贖ってもらうぞ」
クロが影から跳び出す。
次の瞬間、農場に響いたのは絶叫ではなく、圧倒的な恐怖による沈黙だった。
クロが放つ『威圧』だけで、屈強な男たちが白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
「……ふぅ。トラブルシューティング、完了ね」
私は地面に転がった五人の男たちを、人事担当者のような冷徹な眼で眺めた。
「……あの、お嬢様。この人たち、どうするんですか? ハンスさんに言って、衛兵に突き出しますか?」
ミーナが不安げに尋ねるが、私は首を振った。
「いいえ、ミーナ。そんなの時間の無駄よ。……今、うちのプロジェクトで一番足りないリソースは何?」
「えっ……? えーと……麦を運んだり、脱穀したりする『人手』、ですか?」
「正解。……彼らには、このプロジェクトの『アウトソーシング(外注先)』として働いてもらうわ」
「…………えっ?」
「さて。トラブルシューティングを始めましょうか」
私は、腰が抜けて動けない男たちの前にしゃがみ込み、無理やり叩き起すと、人事担当者のような冷徹な眼で彼らを見つめた。
「あなたたちの現状を確認しますね。現在、不法侵入および放火未遂の現行犯。王国の法律に照らせば、死罪か、良くて一生地下牢での強制労働。……合ってますか?」
「そ、それは……」
「でも安心してください。私、無駄なリソースの廃棄(死刑)って嫌いなんです。そこで提案――いえ、『再就職』のチャンスを差し上げます」
私は懐から、ベリング商会で書き損じたメモ用紙を取り出し、即席の「雇用契約書」を書き上げた。
「今から三日間、私の指導のもとで麦の脱穀と運搬を手伝いなさい。完遂すれば、あなたたちの罪を不問にし、子爵への報告も『任務中に魔獣に襲われ、命からがら逃げ帰った』で統一してあげます。……もちろん、断る権利はありますよ?」
私がチラリとクロを見ると、クロは空腹そうにペロリと舌なめずりをした。
「断れば、今ここでクロの『夜食』として処理されるだけです。……さあ、選んでください。地下牢か、クロのお腹の中か、あるいは『ルベリット領の短期契約社員』か」
「は、働きます! 働かせてください!!」
五人の男たちが、涙を流しながら地面に額を擦り付けた。
前世で、辞めたがっている部下を「今辞めたら、この業界で生きていけないよ?」と笑顔で引き留めた時の光景を思い出す。……うん、懐かしいわね。
「いい返事ね! では採用決定(内定)です。……ミーナ、彼らに鎌と脱穀機を渡して。一分でも手を休めたら、クロが後ろから『激励(噛みつき)』をするから、そのつもりで」
「…………。お嬢様、この人たち……さっきまで私たちを殺そうとしてたんですよ?」
「いいのよミーナ。敵対的買収を仕掛けてきた相手を、吸収合併して下請けにする。これも立派な経営戦略よ」
数分後。
刺客だったはずの五人の男たちが、半泣きで、しかし死に物狂いで麦を脱穀し始めた。
クロがその背後をゆっくりと徘徊し、少しでも動きが鈍ると「……おい、ノルマが遅れてるぞ」と低く唸る。
「「「ひ、ひぃぃぃ! 頑張ります! 頑張らせてください!!」」」
ミーナはその光景を見て、ガタガタと震え出した。
「お、お嬢様……。洗脳するより、こっちの方がずっと邪悪に見えるんですけど……」
「失礼ね。これは『更生プログラム』よ。……さあ、ミーナ! 労働力が増えたわよ! このまま進捗をさらに巻き上げるわよ!」
二日目の夜。
月の下で機械のように働く男たちと、それを指揮する幼女。
リリアの瞳には、朝日よりも眩しい「納期厳守」の執念が宿っていた。
「(納期はあと1日と半分くらいかしら。……ふふ、やっぱり仕事は『人手』がいるわね!)」
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