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転生令嬢、もふもふと前世の社畜スキルで領地改革〜没落領地の立て直しなんてホワイトすぎて余裕です!〜  作者: こうと
第一章 異世界転生 そして残業開始

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第11話 銀糸麦千キロデスマーチ

午前一時。

 世界が深い眠りに沈み、静寂が支配する時間。

 ルベリット男爵家のボロ屋敷の一室で、私はパチリと目を開けた。


「……ふぅ。完璧な急速充電ね」


 三時間の睡眠。前世のデスマーチ期間なら「たっぷり寝たな」と自分を褒めてあげたくなる時間だ。

ショートスリーパーの体質に調整してくれた女神様には、今この瞬間だけは感謝してもいい。


 私はベッドから跳ね起き、隣の部屋のドアを勢いよくノックした。


「ミーナ! 定時よ! キックオフの準備はいいかしら?」


「ひゃ、ひゃいっ!? な、何事ですか!?」


 中から聞こえてきたのは、寝ぼけ眼の情けない声。

 数分後、慌ててメイド服を着崩した状態で出てきたミーナは、眠そうに目をこすりながら私の顔を見て絶句した。


「お、お嬢様……? まだ夜中ですけど……」


「何を言っているの。三時間も寝たから私は大丈夫だわ。時間は有限、納期は不変よ。さあ、一分一秒を惜しんで現場へ向かうわよ」


「さ、三時間……」


 ミーナ(十四歳)は、八歳の私を見上げ、幽霊でも見たような顔で立ち尽くしている。無理もない。普通の十四歳にとって、午前一時は「深夜」であって「朝」ではない。

 けれど、私は彼女の手を引き、有無を言わせぬ速さで裏庭の農地へと連れ出した。


 夜の農場には、冷たい月明かりが降り注いでいる。

 私の肩に乗ったクロが、大きく欠伸あくびをしながら言った。


「おいお前、本当に始めるんだな。……ミーナだっけか、可哀想に。こいつに捕まったのが運の尽きだぞ」


「クロ、福利厚生(癒やし)担当が余計なことを言わないの。……さて、ミーナ。あなたの持ち場はあそこよ」


 私は水路の脇に設置した、臨時の『検品所(作業スペース)』を指差した。

 

「私が魔法で銀糸麦を収穫フェーズまで加速させる。あなたは実った麦を順次刈り取り、脱穀機にかけ、品質ごとに選別して袋に詰めて。……いい? 私の『出力』を止めるのは、あなたの『処理』が遅れた時だけよ。ボトルネックにならないように気をつけてね」


「……あ、あの、お嬢様。その魔法って、そんなにポンポン使えるものなんですか……?」


「一ヶ月のデバッグを舐めないで。――行くわよ!」


 私は農地の中央に立ち、足元の地面に魔力を深く、鋭く突き刺した。

 

 一ヶ月間、深夜の孤独な特訓で磨き上げた精密魔力操作。

 回路が熱を持ち、指先がピリピリと震える。だが、この「負荷ストレス」こそが、エンジニアとしての私の魂を燃え上がらせる。


(実行命令:ハイ・アクセラレート。対象、銀糸麦の種。周波数同期……実行!!)


 パァァァッ!! という、夜の闇を昼間のように塗り替える青白い光が炸裂した。

 

 ミーナの目の前で、地面から銀色の芽が爆速で突き出し、みるみるうちに茎を伸ばし、一瞬で重たげな穂を実らせていく。

 それも、一株や二株ではない。私の視界に入る範囲、数メートル四方の麦が、一斉に黄金ならぬ「銀色」に輝きながら完成したのだ。


「な……な、ななな……ッ!!」


 ミーナは腰を抜かしてへたり込んだ。

 

「……ば、馬鹿な。銀糸麦は、一日に数ミリしか育たない繊細な作物だって……。それを、たった数秒で……収穫まで持っていくなんて……」


「驚いている暇があったら手を動かして! 収穫適期デッドラインは今この瞬間よ! 鮮度が落ちる前にバッグにパッキングして!」


 私の鋭い声に弾かれたように、ミーナが鎌を手に走り出した。

 

「わ、わかりました! やります、やらせてください!」


 そこからは、まさに「戦場」だった。

 私が一歩歩くごとに、足元の麦が銀色の波となって実っていく。

 その後ろを、ミーナが必死の形相で追いかけ、麦を刈り取っていく。


 本来、十四歳の少女には重労働のはずだが、彼女は獣人だ。そのしなやかな筋肉と持久力は、私の想像以上のパフォーマンスを見せ始めた。


「いいわよ、ミーナ! その処理速度、期待以上よ!」


「は、はいっ! お嬢様がこんなに頑張っているのに、私が弱音を吐くわけにはいきません!」


 ミーナの眼に、決死の覚悟が宿る。

 彼女には、私が魔法を使うたびに顔を歪め(※実際は回路の熱に耐えているだけ)、荒い息をつきながらも(※残業ハイになっているだけ)、一歩も引かずに魔法を放ち続ける姿が、「領地と自分たちのために、自らの命のロウソクを削りながら奇跡を起こしている聖女」に見えていた。


(……ああ、お嬢様。八歳という若さで、どうしてこれほどまでに自分を犠牲にできるの!? 私が、私が支えなきゃ!)


 ミーナの忠誠心が、物理限界を突破してオーバークロックする。

 

 一時間、二時間。

 深夜の農場には、麦を刈るザクッという音と、脱穀機のガラガラという音、そして私の魔法が弾ける音だけが響き続ける。


 クロが時折、疲労で動きの鈍ったミーナの足元に擦り寄り、「ほら、触っていいぞ。俺の毛並みで精神力を回復しろ」と、福利厚生を提供している。


「……ふぅ。……よし、第一区画、完了ね」


 東の空が白み始めた頃、私たちの前には、一千キロの約十分の一百キロを超える銀糸麦の袋が積み上がっていた。

 

 ミーナは全身泥と麦わらまみれになり、肩で息をしながらも、目の前の「成果物」を見て涙を流した。


「……信じられない。本当に、一晩でこれだけの収穫ができるなんて……」


「お疲れ様、ミーナ。一次フェーズの進捗は計画比一〇五%。順調よ」


 私はタオルで額の汗を拭い、キラキラとした瞳で朝日を見つめた。

 心地よい疲労感。達成感。

 前世では「会社のため」だったこれが、今は「自分のため」「家族のため」「部下のため」になっている。


「最高ね。……さあ、朝礼の時間よ。ハンスさんに朝食を頼みに行きましょう」


「お、お嬢様……。あの、少しだけでも休みませんか? さっきから、お嬢様の魔力が……その、すごく神々しくて、でもどこか危うくて……」


「休み? 何を言っているの。太陽が昇ったってことは、『日勤セカンドシフト』の始まりよ。次は商会に送るための納品伝票の作成と、追加の種の発注計画を立てなきゃ」


「……ひぇ…………」


 ミーナの顔から血の気が引いていく。

 彼女はようやく悟った。

 自分が拾われたのは、「優しい聖女様」の元ではなく、「眠ることを忘れた、史上最強の仕事中毒ワークホリック」の元だったのだと。


 けれど、リリアが「三時間寝たから無敵よ!」と笑うその姿は、あまりにも眩しく、圧倒的に正義だった。


「(……ああ、私、とんでもない職場に就職しちゃったかも。……でも、お嬢様と一緒にいると、世界が変わる気がする……!)」


 不眠不休の初夜が明け、伝説の「銀糸麦千キロ・デスマーチ」は、いよいよ二日目へと突入する。

 

 屋敷の玄関で、ハンスが腰を抜かして卒倒するのは、この数分後の話である。

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