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転生令嬢、もふもふと前世の社畜スキルで領地改革〜没落領地の立て直しなんてホワイトすぎて余裕です!〜  作者: こうと
第一章 異世界転生 そして残業開始

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第10話 帰還、そしてキックオフミーティング

 ガタゴトと揺れる馬車の窓から、夕日に染まるルベリット領が見えてきた。

 私の隣には、まだ落ち着かない様子で狼の耳をピクピクさせているミーナ。そして私の膝の上には、伝説の厄災獣とは思えないほど無防備にへそ天で寝ているクロがいる。


「……あの、お嬢様。本当に、私なんかが……メイドになってもいいんですか?」


 ミーナが不安そうに、私のボロいけれど清潔な袖を引いた。


「あら、内定通知(口約束)はもう出したわ。撤回はしないのが私のポリシーよ。それに……」


 私は窓の外、昨日まで荒野だった場所に広がる「漆黒の美田」を指差した。


「見て。あそこの『インフラ(農地)』を動かすには、あなたという『人的資源』がどうしても必要なの。これは慈善事業じゃなくて、れっきとした戦略的雇用ビジネスよ」


 馬車が屋敷の前に止まる。

 ミーナは馬車を降りた瞬間、息を呑んで固まった。

 目の前に広がるのは、八歳の子供が一人でやったとは到底思えない、地平線まで続くかのような整然とした田畑。そして、そこを流れる水晶のように透き通った水路。


「……うそ……昨日まで、ここは死の土地だって聞いてたのに……」


「コツコツと『深夜残業』を積み重ねれば、世界は書き換えられるのよ」


 私は驚愕する彼女を促し、屋敷の中へと入った。

そうするとミーナが後ろから恐れ多そうに私に話しかけた。



「あの……リリア様。私の方が、ずっと年上なのに……こんなに良くしてもらって、その……」


ミーナは14歳。

私より頭一つ分背が高く、本来なら大人の女性へと成長し始める時期だ。

獣人特有のしなやかな体つきは、不当な労働で痩せ細ってはいるものの、磨けば光る一級品の『労働力』であることを示している。


そんな彼女が、馬車の中では8歳の私の前で、借りてきた猫……もとい、借りてきた狼のように小さくなって座っていた。


「年齢なんて単なる『勤続年数』の差よ、ミーナ。大事なのは、このプロジェクトにおいてあなたがどれだけのパフォーマンスを発揮できるか。……期待しているわよ?」


14歳の少女が、8歳の幼女に見つめられて「は、はいっ!」と背筋を伸ばす。


その光景に、執事のハンスは「ああ、なんというカリスマ性……。リリア様は年齢という概念さえ超越してしまわれた……」と、また別の方向へ感動を爆発させていた。


 まずは『新入社員研修』だ。


 私は屋敷の奥から、かつてのメイドたちが残していった、サイズの小さな予備のメイド服を持ってきた。少し古いが、ハンスさんが丁寧に手入れしていたおかげで新品同様に綺麗だ。


「これを。まずは形から入るのが、モチベーション維持の秘訣よ」


「……これ、私が着てもいいの……? こんなに綺麗な服、生まれて初めて……」


 ミーナがおずおずとメイド服を受け取り、着替えてくる。

 数分後、戻ってきた彼女の姿に、私は内心でガッツポーズをした。灰色の耳と尻尾が、モノトーンのメイド服に見事にマッチしている。ビジュアル面での福利厚生(癒やし)は満点だ。


「よし、可愛いわ。……さて、ミーナ。着替えが終わったところで、さっそく『キックオフ・ミーティング』を始めましょうか」


 私はリビングの古びたテーブルに、ベリング商会から預かった『銀糸麦』の種を置いた。


目標ターゲットは三日後、七十二時間後の夕刻。納品数は一千キロ。現状のルベリット家における全リソースを投入して、このミッションを完遂するわ」


 ハンスさんがお茶を運びながら、震える声で尋ねた。


「リリア様……。三日で一千キロ。……それは、一秒も休まずに働いても届くかどうかという数字です。……まさか……」


「ええ。その『まさか』よ。――本日から三日間、我がルベリット家は『不眠不休デスマーチ』モードに突入します!」


 しんと静まり返るリビング。

 私はホワイトボード……の代わりの古い羊皮紙に、タスクを書き出していく。


「まず私のタスク。深夜一時に始業、魔法による『成長加速ハイ・アクセラレート』の連続発動。これは私にしかできないから、全二十一時間の稼働を予定しているわ」


「じ、二十一時間……!? リリア様、死んでしまいます!」


 ハンスさんが悲鳴を上げるが、私は至って冷静だ。


「大丈夫。私には女神様公認の『ショートスリーパー』がある。三時間寝ればフルチャージよ。それに、三時間も寝られるなんて、前世の繁忙期に比べればホワイト企業もいいところだわ。

……次に、ミーナ。あなたのタスクは、収穫された麦の脱穀と選別、そして袋詰めよ。これは物理的な作業だから、私の魔法と同期シンクロさせて進めてもらうわ」


「わ、私も……寝ちゃダメなの?」


「いいえ。あなたは『試用期間インターン』だから、しっかり六時間は寝なさい。残りの十八時間は、全力で私の背中を追いかけて。食事はハンスさんが最高に栄養価の高いものを三食、それに夜食二食を出してくれるわ」


 ミーナは絶句していた。

 八歳の幼女が、当たり前のように「一日二十一時間稼働」を宣言し、さらに自分にも「十八時間労働」を求めている。普通なら、この時点で『労基』に駆け込まれるレベルだ。


 けれど、ミーナの眼に映っていたのは、別の色だった。


(……この人は、私を助けるために……。借金を返して、私をメイドとして雇い続けるために、自分の命を削って……!)


 ミーナの目から、大粒の涙が溢れ出した。

 獣人である自分を、ゴミのように扱わなかった唯一の主。その主が、八歳の小さな体で、自分以上に過酷な運命プロジェクトに立ち向かおうとしている。


「お嬢様……! 私、やります! 眠くなんてありません! お嬢様が戦っているのに、私が寝るわけにいかない! 死ぬ気で、一千キロの麦を袋に詰めてみせます!」


「……え? あ、うん。やる気があるのはいいことね(……あの子、なんか目が座ってるけど大丈夫かしら?)」


 私は少し引き気味に頷いた。

 横でクロが「おい、お前。また一人、このブラックな毒気に当てられたやつが増えたぞ」と呆れたようにアクビをしている。


「うるさいわねクロ。これは自己実現のための『やりがい』の共有よ」


「……ふん。まあいい。俺はお前の横で寝ててやるよ。魔力が枯渇しそうになったら、俺の尻尾でも吸わせてやる。厄災獣の魔力だ、一気に目が覚めるぞ」


「あら、それは心強い『エナジードリンク』ね。期待してるわ」


 時計の針が、夜の七時を指す。

 私はミーナとハンスさんに、厳格に言い放った。


「解散! 全員、今すぐ寝なさい! 二十二時から一時までの三時間は、この屋敷のよ! ……一時ちょうど、裏庭の現場でキックオフ。一分でも遅れたら、進捗スケジュールに響くわよ!」


「「はいっ!!」」


 ミーナとハンスさんが、軍隊のような勢いで部屋へ戻っていく。

 私は一人、月明かりに照らされた裏庭を見つめた。


(三日で一千キロ。……魔法回路の負荷テストは終わった。精神的な耐性は前世で完遂済み。……いけるわ。リリア・ルベリット、人生二度目の『本気デスマーチ』、開始よ!)


 六時間後の深夜一時。

 世界が眠りに沈む中、不気味なほど青白く輝く魔法の光が、ルベリット領を昼間のように照らし出すことになるのだが。


 それが「聖女の奇跡」ではなく、「社畜の執念」であることを知る者は、まだ誰もいなかった。

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