表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界魔王とOLの日常が想像以上にドタバタで困る  作者: 白月つむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/120

第92話 冬の夜の秘め事――甘いチョコの味と、初めてのキス

 冬の夜、オフィス街の冷たい風がビルの間を吹き抜けていく。

 定時を過ぎて会社のエントランスを出ると、少し離れた街灯の下に、見慣れたシルエットを見つけた。


 白く柔らかなマフラーに顔を半分埋めて、ぼんやりと夜空を見上げているのはリュカくんだ。

 中性的な顔立ちと、少し華奢な肩。そこに立っているだけで、なんだかそこだけ時間の流れがゆっくりに見える。


「リュカくん、お待たせ! 寒かったでしょ?」


 声をかけると、彼はゆっくりと視線をこちらに落とし、ぱちくりと瞬きをした。


「……あ、絵莉さん。お疲れ様です……寒さは、大丈夫です。絵莉さんの会社の窓に灯りがついているのを眺めていたら、なんだか心が温かかったので」


「もう、そんなこと言って……ずっと待ってたの?」


「はい。絵莉さんが、この世界の戦いしごとを終えて出てくる瞬間を、一番に見届けたかったので……」


 リュカくんは、とろんとした眠そうな瞳で、真っ直ぐに私を見つめる。

 この子は自覚がないみたいだけど、たまにこういう「甘い」ことを、さらっと、ぼんやりとした口調で言うから困る。


「……ありがと。じゃあ、ちょっと温かいものでも食べて帰ろっか。あそこのカフェのフォンダンショコラ、気になってたんだ」


「ふぉんだん……? はい、絵莉さんが仰るなら、どこへでも」


 ◇


 店内の隅、オレンジ色の照明に包まれた席に座る。

 運ばれてきた熱々のショコラから、甘い香りが立ち上った。


「わぁ、美味しそう! リュカくんも食べてみて」


 絵莉がフォークでチョコを一口分すくい、彼の口元へ運ぶ。

 リュカくんは不思議そうにそれを眺めていたが、促されるまま、小さく口を開けた。


「……あむ」


 口に含んだ瞬間、彼はふにゃりと眉を下げて、とろけるような笑みを浮かべた。


「……あまい、です。絵莉さんと一緒にいる時の気持ちと、同じ味がします」


「……っ! もう、本当にそういうこと普通に言うんだから!」


 真っ赤になって照れる絵莉を見て、リュカくんは不思議そうに首を傾げた。


「おかしなことを言いましたか? ……僕はただ、絵莉さんが隣にいてくれると、胸の奥がこのチョコみたいに、じわっと解ける感覚がするので……それをそのまま、口にしただけなのですが」


「それが恥ずかしいの! ……もう」


 そんな二人の様子を、窓の外の植え込みから覗く四つの影。


「……相変わらず、リュカは天然で恐ろしいな。悪気なく相手の心臓を射抜いておる」


「リュカくん、ぼんやりしてるようで、実は一番の策士なんじゃないかなぁ……絵莉、完全にノックアウトされてるし」


「僕も負けていられませんね……」


「甘い匂いたぬ……。チョコの沼に溺れたいたぬ……」


 夜の帳が下りた街角。

 少しぼんやりとしたリュカくんの、ひたむきで真っ直ぐな言葉に、絵莉はため息をつきながらも、その不思議な温もりに心地よく身を委ねるのだった。


 ◇


 カフェを出た後、二人は他愛もない話をしながら、街灯がまばらに灯る夜の公園を歩いていた。

 シン、と冷え切った冬の空気が、肌を刺す。


「……絵莉さん、やはり冷えますね。もし差し支えなければ、その……マフラーを、半分こしませんか? その方が、もっと温かい気がします」


 リュカくんは、はにかんだように顔を少し伏せながら、自分の首元で巻かれた真っ白なマフラーの端を差し出した。


 彼の目元は少しぼんやりとしているけれど、その表情からは、確かな優しさが伝わってくる。


「……いいの? ありがとう」


 私は彼に一歩近づき、差し出されたマフラーの端をそっと受け取って、自分の首に巻いた。

 すると、リュカくんの少し甘い香りがふわりと漂って、なんだか急に心臓がドキドキし始める。

 一つのマフラーを共有したことで、私たちの顔は、ぐっと近くなった。

 彼の透き通るような白い肌。少しだけ開いた唇。そして、とろんとした、どこか夢見がちな瞳。

 その全てが、まるで吸い寄せられるように、私を見つめていた。


「…………」


「…………」


 会話が途切れる。

 沈黙だけが、二人を包む。

 肌が触れ合う距離で、互いの呼吸が、白く、静かに重なった。


 凍えるような夜だというのに、私の頬は熱かった。

 リュカくんも、顔を真っ赤にして、視線を泳がせている。

 その繊細な横顔を見ていると、なんだか、いてもたってもいられない気持ちになった。


 ……だめだ、これは。

 私から、言わなきゃ。

 そう思った、その時だった。

 そっと、リュカくんの顔が近づいてくる。

 あまりにゆっくりで、あまりに慎重な動きに、私は息を呑んだ。


 逃げられない。

 逃げたくない。


 そして。


 優しく、触れるだけのキス。

 一瞬だけ触れて、すぐに離れる。


「…………」


 その唇は、まだ、カフェで食べたフォンダンショコラの甘い香りがした。

 リュカくんは、ぼんやりとした瞳で、私の顔を見つめている。


「……あまい、です」


 そう、小さく呟いた。

 その言葉に、私は顔から火が出るほど真っ赤になった。


「なっ……! もう、リュカくんったら!」


 そんな私を見て、リュカくんは、はにかんだようにそっと目を伏せた。


「……ごめんなさい。あまりにも、絵莉さんの唇が、美味しそうだったので」


 冬の公園のベンチ。

 冷たい風が吹く中で、一つのマフラーと、チョコレートの甘い余韻だけが、二人の間に温かく漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ