第91話 魔王軍、連帯責任ダイエット!? タヌロフの腹肉と、魔王の過酷な軍事教練
お正月が明けて数日。
リビングでタヌロフを撫でていた私は、ふと指先に伝わる「感触」に違和感を覚えた。
「……ねぇ、タヌロフ。なんか、ぽよぽよ増してない?」
「何のことたぬ? これは全部、冬毛のボリュームたぬ」
しらじらしく目を逸らすタヌロフ。だが、床に置いた体重計に乗せてみれば、数値は残酷な現実を叩き出した。
「三キロ増……あのね、タヌロフ。あなた、ただでさえ丸いんだから、これ以上増えたら本当に転がって移動することになるよ」
「みのりのお母上のすき焼きと、アークロン様の残り物が美味しかったのがいけないたぬ……」
その言葉を聞き逃さなかったのが、隣でコーヒーを飲んでいたあっくんだ。
「タヌロフ。余の食べ残しを狙うのは、貴様の悪い癖だと言ったはずだ……みのり、このままではこやつの健康にも、そして魔王軍の規律にも関わる……やるか」
「……やるか、って何を?」
「決まっている。魔王軍・特別減量作戦だ。連帯責任として、余も付き合おう」
◇
というわけで。
翌朝、私たちは近所の大きな公園に集められた。
あっくん、ルカくん、リュカくん、そして首から「減量中」のプレートを下げられたタヌロフ。
「魔法は一切禁止だ。己の肉体のみで、この広場を十周する……ゆくぞ!」
あっくんの号令で、地獄のジョギングが始まった。
五分後。
「はぁ……はぁ……人間界の重力、意外と……厳しいですね……」
ルカくんが膝を突き、
「光の加護を……足腰に……あ、魔法禁止でした……」
リュカくんが今にも昇天しそうな顔でふらついている。
一方、主役のタヌロフはというと。
「無理たぬ……タヌキが走るなんて、生物学的なエラーたぬ……」
開始早々、植え込みの影に隠れて、公園に遊びに来ていた子供からこっそりクッキーを貰おうとしていた。
「これ、おいしそうたぬね? 一口くれるたぬ?」
「あ、タヌキさんだー! いいよー!」
「……タヌロフッ!!」
背後から響く、地獄の底のようなバリトンボイス。
振り返れば、そこには額に汗ひとつかかず、仁王立ちするあっくんの姿があった。
「ひぃっ!? アークロン様! これは、その、敵の懐柔工作を受けているところたぬ……!」
「問答無用! 余の顔に泥を塗るか、この食い意地タヌキめ……これより、軍事教練に切り替える!」
そこからの光景は、もはやジョギングではなかった。
必死で逃げるタヌロフと、それを時速40キロくらいの猛烈なダッシュで追いかける魔王。
「待つたぬー! 殺されるたぬー!」
「待たぬ! その腹肉が削ぎ落とされるまで、余は止まらん!」
公園中を駆け巡る一人と一匹を眺めながら、私とルカくんたちはベンチでスポーツドリンクを飲んで一息つく。
「……すごいね、あっくん。あんなに全力でタヌロフと遊んで……じゃなくて、特訓して」
「魔王様が本気になると、タヌロフの命が危ないですね……僕たちも、後で隠れて甘いものを食べるのはやめましょう、リュカ」
「……はい。あの怒りは、光の加護でも防げそうにありません」
◇
その日の夜。
リビングには、これまでにないほどぐったりと横たわるタヌロフの姿があった。
「……もう、肉は見たくないたぬ……野菜……キャベツの芯でいいから、恵んでほしいたぬ……」
「あら、殊勝な心がけね。じゃあ今夜は、みんなでヘルシーな湯豆腐にしよっか」
私がそう提案すると、あっくんが満足げに頷いて、私の隣に腰を下ろした。
「みのり。余も、いい運動になった。……こうして、家族で健康に気を遣うというのも、悪くないな」
「そうだね。でも、明日からはもう少し手加減してあげて?」
そう言いながら、私はこっそり、あっくんの手を握った。
ダイエット作戦。
波乱の幕開けだったけれど、タヌロフの腹肉が引っ込む頃には、また一つ、私たちの絆も深まっている気がした。




