第8話 帰りたい理由
あっくんの生い立ちを聞いて、私はふと思った。
「……でも、それだったら元の世界に戻る必要ってないんじゃない? このままずっと日本で平和に暮らせば……」
私の言葉に、あっくんはわずかに首を振った。
「余は人間とは比べ物にならぬほど長命だ。この世界の者たちから見れば、異形として恐れられよう。……それに――」
そこで、言葉を切る。ほんの少しだけ、目が陰った。
「……元の世界には、余を信じて待つ者もおる。戻らねば、混乱を招く」
魔王という肩書きの裏に、彼なりの責任と義務があるのだと気付く。
「……そっか。じゃあ、元の世界に帰る方法を探しながら、しばらくはここで休んでいってね」
そう言いながら、私は自分の部屋を見渡す。
「……といっても、この部屋、本当に娯楽が何もないのよね。私、趣味らしい趣味もなくて。お休みの日はおにぎりを持って公園に行くくらいなの」
「おにぎり……? その“おにぎり”とやら、余もしてみたい」
身の丈二メートルを超える魔王が、ほんの少しだけ楽しそうに言う。
「えっ……ピクニック、行きたいの?」
「うむ。余も、そなたの“休息”とやらを体験してみたい」
その表情があまりにも素直で、私は思わず笑ってしまった。
こうして私とあっくんは、二人でおにぎりを持って公園へピクニックに向かうことになった。




