表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界魔王とOLの日常が想像以上にドタバタで困る  作者: 白月つむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/120

第82話 理性、防御失敗につき

 昼のチャイムが鳴り、スーパーの喧騒が一段落する。

 休憩室に流れ込んできたのは、揃って赤いサンタ帽を被った面々だった。


「……この世界には、クリスマスという儀式があるのだな」


 鏡代わりの電子レンジの扉に映る自分の姿を見ながら、思わずそんな感想がこぼれる。

 銀髪にサンタ帽。どう考えても場違いだが、周囲は誰も気にしていない。それどころか――


「儀式っていうより、イベントかな。大切な人と過ごしたりする日よ」


 そう教えてくれたのは、向かいに腰掛けた真帆さんだった。紙コップのコーヒーを手に、柔らかく笑う。


「大切な人……か」


 その言葉に、胸の奥がひどく静かに波立つ。

 真っ先に浮かんだのは、昨夜のことも、今朝の赤い顔も、全部含めたひとりの女性だった。


「あとね、プレゼントを渡し合ったりもするの」


「……プレゼント」


 贈る、という行為。相手を思って選ぶ時間。

 それは、戦場には存在しなかった概念だ。


「真帆さんも、クリスマスは大切な人と過ごすんですか?」


 少し遠慮がちな声が、会話に割り込む。

 隣に座るルカが、真っ直ぐすぎるほど真剣な目で尋ねていた。


「私? 私はクリスマスの予定ないわ……悲しくなるから聞かないで」


 冗談めかして肩をすくめるその様子に、場の空気が一瞬だけ緩む。


「す、すみません」


 深く頭を下げたルカは、心底申し訳なさそう――けれど、どこか安堵したようにも見えた。


 その様子を横目に見ながら、再び考える。

 この世界の“儀式”に、もし意味を見出すとしたら。


 ――大切な人に、何を贈るべきなのか。


 赤いサンタ帽の内側で、魔王はひとり、静かに思案を始めていた。


 ◇


 その日の仕事終わり、ひとりで駅構内から続く商店街へ足を向けた。

 通路の天井には赤と金の飾りが揺れ、ガラス越しの店先には小さなツリーやリース。どこからか、鈴の音と甘い焼き菓子の匂いが漂ってくる。


 ――これが、クリスマスか。


 人の流れに身を任せて歩いていると、ふと足が止まった。

 硝子ケースの中、月光のように淡くきらめくオルゴール。細工は繊細で、蓋を開けば小さな星が回る仕掛けだ。


「プレゼントにぴったりですよ」


 声をかけられ、余は一瞬だけ逡巡し――そして頷いた。

 包みを受け取ったとき、胸の奥が不思議と温かくなった。


 ◇


 帰宅すると、部屋は静かだった。

 ルカもリュカもタヌロフも眠っているらしい。

 間接照明の柔らかな光の下、みのりだけが起きていた。


 余が包みを差し出すと、みのりは目を瞬かせた。


「え? なにこれ……?」


「以前、みのりが余に贈ってくれた、あの……たぬ助。あれのお返しだ」


 包みを解いた瞬間、みのりは息を呑んだ。

 繊細な飾りが灯りを受けて瞬き、そっと回り出す。澄んだメロディが、部屋に静かに広がった。


「……すごく、きれい……! 音も……好き……!」


 両手で大事そうに抱え、何度も頷く。


「ありがとう、あっくん……!」


 次の瞬間、みのりが一歩踏み出し――抱きついてきた。


「……っ!」


 慌てて両手を宙に浮かせる。どうすればいいのか、わからない。

 けれど、彼女の体温と、胸元で鳴り続ける小さな旋律が、確かにここにある現実だと教えてくれた。


「よ、喜んでもらえたなら……それで、よい」


 そう言う声は、我ながら落ち着きを欠いていた。

 オルゴールの音に紛れて、余の鼓動も、やけに大きく響いていた。


 ◇


「気分良いから、今日は飲んじゃおっかな!」


 そう宣言したかと思うと、みのりはどこからか細身のボトルを取り出した。淡い金色の液体が揺れて、ラベルには見慣れない外国語。


「……それは、酒か?」


「シャンパンだよ。たまにはいいでしょ?」


「飲めるのか?」


「んー、そんなに強くはないんだけど、大丈夫」


 その笑顔を見た瞬間、胸の奥で嫌な予感が芽生えた。だが、今さら止めるのも野暮だろう。


「じゃあ……かんぱーい!」


 グラスを軽く合わせると、澄んだ音が部屋に響いた。みのりは一口飲んで、ぱちっと目を瞬かせる。


「わ、しゅわしゅわする……! おいしい」


「……思ったより、飲むな」


「今日は特別だから」


 その後も、テレビを眺めながらぽつぽつと会話を交わし、グラスは二度、三度と空いた。みのりの声は少しずつ柔らかくなり、頬もほんのり赤い。


「……みのり?」


「なあにー?」


 返事は間延びしていて、もう答えは出ていた。


 次の瞬間、ふわりと重みが増す。気づけば、みのりが当然のように余の膝に乗っていた。


「……なぜ、そこに座る」


「んー? ここ、あったかいから」


「酔っているのか?」


「全然、酔ってない〜」


 そう言って、みのりは彼の胸に額をすり、とろりとした目で見上げる。体温も、距離も、近すぎる。


(こ、これは……)


 ――完全に、酔っている。


「ん……あっくん、あったかい」


 みのりはそう言って、遠慮というものを忘れたみたいに身を預けてくる。膝の上で向きを変え、胸元に額を押し当てて、子猫みたいに擦り寄った。


「……みのり。落ち着くのだ」


「だいじょうぶ〜。ここ、落ち着くから」


 全然大丈夫ではない。

 声が少しとろんとしていて、完全に酔っている。


 余は観念して、背に回した手でゆっくりと撫でた。強く抱き締めるわけでもなく、拒むわけでもなく、ただ逃げ場を塞ぐような距離感で。


「……甘えすぎだ」


「だってぇ、あっくん優しいもん」


 みのりはくすっと笑い、指先で余の服の裾をつまむ。その仕草がやけに無防備で、胸の奥がざわついた。


「……余は、こういうときの対処を学んでいない」


「ふふ。じゃあ、今覚えよ?」


 上目遣いでそんなことを言われて、余は思わず視線を逸らす。


「覚えぬ」


「うそ。もう覚えてる顔」


「……静かにしろ」


 そう言いながらも、手は離さない。むしろ、肩を抱く力は少しだけ強くなった。

 みのりは満足したように、余の胸に頬をすり、とろりとした声で囁く。


「ねぇ、あっくん」


「なんだ」


「こうしてるの、好き」


「……余も、嫌いではない」


 その言葉に、みのりは小さく笑って目を閉じた。膝の上で丸くなり、すっかり身を委ねている。


 余は天井を仰ぎ、深く息を吐く。

 ――嫌な予感は、確かに現実になった。


 だが。

 腕の中のぬくもりを手放す気は、どうしても起きなかった。


 顔を上げたみのりと、至近距離で目が合う。

 潤んだ瞳。ほんのり赤い頬。

 呼吸が重なり、距離が、自然と縮まっていく。


「……後悔は、せぬな?」


「しないよ。ぜったい」


 余は、ゆっくりと彼女の顎に手を添え――

 触れるだけの、確かめるような口づけを落とした。


 みのりが小さく息を呑み、すぐに力を抜いて身を預けてくる。

 その反応に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 短く、静かなキス。

 だが確かに、想いを交わすには十分すぎるほどの。


 唇を離しても、彼女は余の胸に額を寄せたまま、満足そうに微笑った。


「……えへへ」


 余は苦笑しつつ、その頭を抱き寄せる。

 ――今夜は、これ以上進む必要などない。

 このぬくもりだけで、十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ