第73話 母が来た!? 平穏終了のお知らせ③
翌日。
父の仕事があるからと、名残惜しそうにしながらも母は帰り支度を始めた。
「ほんなこつ、楽しかったばい。大円団、楽しみに待っとるとよ」
「まだ言ってる!!」
そう言い合いながら両親を見送り、私はいつもの日常に戻った――はずだった。
それから、ほんの少し経ってスマホが震える。
画面に表示されたのは、父の名前だった。
「どうしたんだろ……忘れ物かな……」
軽い気持ちで通話に出た瞬間、耳に飛び込んできた声は、明らかにただ事ではなかった。
「母ちゃんが、鳥にさらわれた!」
「……え!? お母さんが鳥にさらわれたって……」
「魔物か……!?」
「急行しましょう!!」
状況を聞く暇もなく、私たちは最低限の装備だけ掴んで飛び出した。
◇
現場に着くと、空気が張りつめていた。
上空で大きな影が旋回している。
羽ばたくたびに、重たい風が地面を叩く。
――大きな鳥型の魔物。
そして、その脚に、見覚えのある人影。
「た、高いとよーーー!!!」
聞き覚えありすぎる声に、背筋が凍る。
「大変……!!!」
「すぐに救出する!!」
低く言い切ると同時に、周囲の空気が歪んだ。
透明な膜のような結界が一気に広がり、音と光を包み込む。
「――行くぞ」
合図と同時に、動いた。
ルカくんとリュカくんは空を見上げ、二人同時に魔力を収束させる。
放たれた光が鳥の翼を正確に射抜き、飛行が大きく乱れた。
「落ちても大丈夫たぬ! 任せてたぬ!」
地面に陣取り、落下地点を計算しながら魔道具を構える小さな影。
羽ばたきが鈍り、巨体が大きく傾いた、その瞬間――
銀色の影が跳ぶ。
鋭く一閃。
鳥は短く悲鳴を上げ、力を失った。
同時に、脚が緩み――
「――今です!」
落下する母の身体を、魔力で編まれた緩衝結界が包み込む。
衝撃は吸収され、地面に降ろされたのは、髪を振り乱した母だった。
「た、助かったばい……!」
鳥の巨体は光の粒子にほどけ、跡形もなく消えていく。
結界の中で、静寂が戻った。
全員が無事だった。
「アツシさん、さすがやね! こんな頼りになる人、母ちゃん惚れてしまいそうたい!」
その一言に――
父と、私と、そしてあっくんが、同時に目を見開いた。
「……」
一瞬、時が止まったような空気。
母はその反応を見て、にやりと笑う。
「冗談たい。冗談。そんな本気にせんでよかろ?」
ほっとしたような、でもどこか釈然としないような空気が流れ、思わず全員でため息をついた。
父が苦笑しながら頭をかく。
「まったく……心臓に悪かこと言うな」
あっくんも小さく咳払いをして、いつもの落ち着きを取り戻す。
「無事で何よりだ。今度からは、空を飛ぶ魔物には近づかぬことだな」
「はいはい、気をつけるたい」
◇
そうして私たちは、今度こそしっかりと両親を駅まで送り届けた。
ホームでは、母が最後まで名残惜しそうに手を振り続ける。
「次は、ほんとに大円団のときやね」
「だからまだ言ってるって!」
笑い声の中、電車はゆっくりと走り出し、やがて二人の姿は人波に紛れて見えなくなった。
静かになった駅前で、私は小さく息をつく。
――日常に、少しだけ(?)非日常が混じる毎日。
けれど、それでも。
隣に頼れる魔王がいて、仲間がいて、守りたいものがはっきりしている。
そんな日々が、悪くないと思えてしまう自分がいた。
こうして私たちは、またひとつ騒動を乗り越え、次の“事件”へと向かっていくのだった。




