第72話 母が来た!? 平穏終了のお知らせ②
母の暴走は、そこからさらに加速した。
「いや〜ん、もう想像しただけで鳥肌たつ〜! アツシさんが片膝ついて、みのりが涙ぐんで、『はい……』って言うとよ? そしたら周りから拍手喝采で――」
両手を胸の前で組み、完全に自分の世界へ突入している。
「ちょ、ちょっと待って!? まだ魔物も全部倒してないし、その前に色々順番が――!」
「順番なんて後からどうにでもなるっちゃろ。大事なのは“絵”たい、絵!」
(止まらない……!)
父は父で、湯のみを手に穏やかにうなずいていた。
「うんうん。最後はエンディングテーマ流れるとやろな。スタッフロールも要るばい」
(増えてる!!)
その瞬間だった。
テレビから、けたたましい効果音が鳴り響く。
『――臨時ニュースです。先ほど、近隣の公園にて大量のゼリー状の生物が目撃されました』
一同、ぴたりと動きを止める。
『現在、現場周辺は一時的に立ち入り注意となっており――』
「……スライム」
誰ともなく、呟いた。
「行くぞ」
低く言い切る声に、空気が一変する。
「お母さんたちは家で待ってて! すぐ戻るから!」
「なに言いよると。そげんもん、心配でじっとしとられんたい」
「父ちゃんも行くぞ。現場、見とかんと」
嫌な予感しかしなかった。
◇
公園に到着すると、すぐに空気が変わった。
あっくんが手早く結界を展開し、周囲の視界と音を遮断する。
「よし……これで外からは見えぬ」
「スライムはどことね!?」
「お母さん、足元!!」
「え?」
母が一歩踏み出した瞬間。
ぷにっ。
「――きゅう」
母の足の下で、半透明のスライムがきれいに目を回していた。
「踏んでる! 踏んでるってば!!」
「いやだもう、気持ちよか感触やったけど……これがスライムね?」
感想を言っている場合じゃない。
その間にも、周囲では小さなスライムたちがぷるぷると跳ね回っている。
「捕獲開始!」
号令とともに、全員が動いた。
魔道具の捕獲器が次々と起動し、光の輪がスライムを包み込む。
「こっち確保しました!」
「この子も入ったたぬ!」
「よし、その調子だ」
数分も経たないうちに、公園内のスライムはすべて回収された。
結界の中に、静寂が戻る。
「……終わった」
全員が、ほっと息をつく。
その中で。
「ほう……この吸引速度と魔力固定……」
父は捕獲器を手に取り、興味深そうに角度を変えて眺めていた。
「こりゃあ、よう出来とるなぁ……」
目が、完全に“技術職のそれ”だった。
「め、目立つ前に撤退しましょう……」
控えめながら切迫した声に、全員がうなずいた。
結界を解除し、捕獲器を回収すると、私たちは足早にその場を離れる。夜の公園は何事もなかったかのように静まり返り、さっきまでの騒ぎが嘘みたいだった。
◇
アパートに戻ると、再び魔術で少しだけ大きくしたコタツに、ぎゅうぎゅう詰めで潜り込む。
お土産の饅頭や焼き菓子を頬張りながら、自然とさっきの出来事を振り返っていた。
「弱い魔物とはいえ、たくさんいましたね」
冷静に状況を整理する声に、向かい側から低くうなずく気配。
「うむ。数が増えれば厄介だ。もっと派手にいかねばならぬかもな」
その言葉に、間髪入れず弾んだ声が重なる。
「そげんそげん! エンディングのためには盛り上がりも大事たい!」
母は饅頭を持ったまま、目をきらきらさせている。
「最後は大団円。指輪、忘れたらいかんばい?」
「……指輪か」
一瞬考え込んだあと、あっくんがわざとらしく腕を組んだ。
「ならば、余も用意しておかねばなるまいな」
その一言で、コタツの中の空気が一気にざわつく。
「ちょっと待って!? なんでそこノリノリなの!?」
私の声に、皆がくすくすと笑った。
こうして、騒がしくも温かな夜は更けていく。
――嵐の前の、束の間の団らんだとも知らずに。




