第71話 母が来た!? 平穏終了のお知らせ①
日曜日。
昼下がりの部屋で、コタツを囲んでそれぞれ思い思いにくつろいでいた、そのときだった。
スマホが震える。
……こういうタイミングで鳴る電話は、だいたい一人しか思い当たらない。
「みのり、あれから元気にやっとると? ちゃんとご飯食べよる?」
――やっぱり。
思わず背筋を伸ばす。
「う、うん。魔物のことで大変だけど、なんとか上手くやってるよ」
「ほんとね? 無理しとらん? それで……アツシさんとは、仲良うやっとると?」
あっくんの正体を知った今でも、呼び方は変わらないらしい。
ちょっと笑ってしまいそうになるのを、必死にこらえる。
「う、うん。大丈夫……だと思う」
そのときだった。
通話の向こうから、
――アナウンスの反響音、
――改札の「ピッ」という電子音、
――人のざわめきと、スーツケースが転がる低い音。
聞き覚えのありすぎる、あの空気。
「……え。ちょ、ちょっと待って。今の音って……」
嫌な予感が、背中を駆け上がる。
「もう東京着いとるけんね。父ちゃんと、そっち行くとよ」
「えっ!? ちょ、待っ――」
ぷつん。
一方的に、通話は切れた。
私はしばらくスマホを握ったまま固まり、深く息を吐いた。
……もう、この展開にもだいぶ慣れてきた気がするのが怖い。
「どうした?」
顔をのぞかせてきたあっくんに、私はゆっくりと視線を向ける。
「……うちの両親、今から来るって」
静かに、しかし確実に、部屋の空気が張りつめた。
私がスマホを見つめたまま固まっていると、その空気を敏感に察したのか、周囲の視線が一斉に集まった。
「……何か、ありましたか?」
首をかしげたルカくんが、控えめに声をかけてくる。
「みのりさんのお母上、ですか……?」
リュカくんも不安そうに眉を寄せ、こちらを見る。
「たぬ? ただごとじゃない気配たぬ……」
タヌロフはコタツから顔だけ出し、耳をぴんと立てていた。
「……うん。来るって。今から」
その一言で、全員の動きが止まった。
深く息を吐き、私は立ち上がる。
「とりあえず……片付けなきゃ!」
散らかっていたメモや魔道具をまとめ、クッションを整え、来客用のスリッパを出す。
何度も経験してきたはずなのに、やっぱり落ち着かない。
そして――
ピンポーン。
間延びしたチャイムの音が、やけに大きく響いた。
覚悟を決めて、玄関へ向かう。
ドアを開けた瞬間。
「みのりー! 元気にしとったねぇ! もう心配で心配で!」
両手いっぱいに紙袋を抱えた母が、勢いよく距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっとお母さん――!」
「ほらほら、どきゃんして暮らしよるか見に来ただけたい。アツシさんにも、ちゃんとご挨拶せんとね」
その横で、父は控えめに一歩下がりながら、にこにこと袋を差し出してくる。
「いやぁ……急に来て悪いな。これ、ほんの気持ちだけどな。向こうの名物でさ。あと、これは日持ちするやつ」
そう言って一つひとつ丁寧に中身を説明し始める。
「それからな、これはアツシくんにと思って……甘いの大丈夫か?」
いつものことながら、情報量が多い。
玄関先は一気に賑やかになり、部屋の奥からはルカくんたちがそわそわと様子をうかがっていた。
――ああ、始まった。
私は心の中でそう呟きながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。
魔術で一時的に広げられたコタツは、もはや家具というより小さな要塞だった。
全員がすっぽり潜り込み、湯気立つ湯呑みを手に、自然と近況報告が始まる。
「ニュースでは毎日のように出とるけどねぇ。こっちの辺りじゃ、魔物はまだ出とらんみたいよ」
母はそう言って、テレビで見た情報を簡単にまとめてくれる。
「まだゲートが開いた近辺にしかいないようだ。増える前に一気に討伐してしまわねば」
あっくんは腕を組み、真剣な表情で頷いた。
その声に、コタツの中の空気が少し引き締まる。
「そげんね。全部魔物ば倒してこそ、最高のエンディングがあるっちもんたい」
にこにこと、楽しげに言い切る母。
「……最高のエンディング?」
嫌な予感しかしなくて、私は目を細める。
「そげんよ。結婚たい! 最後のボスば倒したとこで、片膝ついて指輪ば差し出すシーンが目に浮かぶとよ!!」
(――いつもの始まった――!!!)
私は心の中で絶叫しながら、そっとコタツの中で膝を抱えた。




