第67話 束の間の穏やかな時間――魔王と仲間の日本観光記②
夕暮れの空がゆっくり群青色へと変わるころ、公園のあちこちに明かりがぽつぽつと灯り始めた。
街路樹に巻かれたイルミネーションが一斉に輝き、夜の訪れを告げるようにきらきらと瞬く。
「これは、魔法か……!?」
隣であっくんが目をまん丸にする。
「違うよ、あっくん。これは電気で光ってるの」
「電気……なるほど、魔力を使わぬ光か。興味深いな」
ルカくんは静かに見とれたまま「綺麗ですね……」と息を漏らし、リュカくんは「これが……ロマンチックってやつですか」と真剣にうなずき、タヌロフはぱぁっと顔を輝かせた。
「キラキラたぬ〜!」
そんなとき、甘い香りに気づいた。
見ると、近くのキッチンカーでホットココアが売られている。
「あ、みんな……ココア飲む?」
せっかくの休日だから、今日は私がおごることにした。
手渡された紙コップをのぞきこむと、クマの形をしたマシュマロがぷかぷか浮かんでいた。
「かわいい……!」
「うむ。こやつ、食べるのが惜しいほどだな」
「甘い匂いがします……!」
みんながほかほかの湯気に頬を染める。
すると――。
「ねーねー! これ、なに?」
小さな子どもが、タヌロフを指さして駆け寄ってきた。
「たぬっ!? え、ええと……!」
タヌロフは一瞬フリーズしたが、次の瞬間、無理やり笑顔を作るようにして両手をぶんぶん振り回した。
「タヌロフたぬ〜〜〜っ!! こんにちはたぬ〜〜〜!!」
(アドリブ!?)
周囲の人も「マスコットキャラクターかな?」と笑ってくれて、なんとかその場を乗り切った。
子どもが去ったあと、タヌロフはぐったり肩を落とした。
「タヌロフ、おとなしくしておくたぬ……もう恥ずかしいたぬ……」
しょんぼり肩を落とし、耳まで垂れ下がったタヌロフのつぶやきに――みのりたちは、こらえきれず吹き出した。
「ふふ……タヌロフさん、意外とノリが良いんですね」
リュカくんが口元を押さえて笑う。
「いや、さっきのポーズは完璧でしたよ! プロのマスコットみたいでした!」
ルカくんはキラキラした目で親指を立てる。
「あの全力の手振り……帰ったら再現してもらおうか」
あっくんまで、珍しく口元を緩めている。
タヌロフは耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆った。
「見てないたぬ! 誰も見てないことにするたぬ!」
その様子がまた可笑しくて、みんなの笑い声が広がる。
イルミネーションの光の中、温かい笑い声がしばらく止まらなかった――。
◇
その後、公園をあとにして駅へ向かい、帰りの電車に揺られながら今日の思い出を語り合った。
「観覧車、ほんとにすごかったたぬ」
「タヌロフさん、途中で泣きそうでしたよね」
「泣いてないたぬ!」
「私はイルミネーションが一番好きだったな」
みのりが言うと、ルカくんはこくこくとうなずく。
「僕もです! あんな光景、日本にもあるんですね……!」
「あのクマのマシュマロ、もう一杯飲みたい」
リュカくんがつぶやき、みんながくすっと笑った。
その笑いは、どこか穏やかで、どこか安心に満ちていて――
今だけは戦いを忘れ、本当に“みんなで過ごす休日”だった。
◇
そして、東京駅に到着しアパートへ向かう途中のことだった。
「……たぬ?」
タヌロフがぴたりと足を止めた。
道の真ん中、電灯に照らされて――ふわふわした尻尾、丸い体。
それは、紛れもなくタヌロフと同じ種族の魔物だった。
「な、な、仲間がいるたぬ!?」
喜びかけた瞬間。
その“野生のタヌロフ”が、牙を剥いて低く唸った。
「た、たぬっ!? なんで敵意むきだしたぬ!?」
「みのり、捕獲器!」
「う、うん!」
慌てて魔道具の捕獲器を起動すると、光の輪が野生タヌロフを包み込んで縮まり、ぽん、と音を立てて転送された。
「……危なかった……」
「攻撃的な魔物が増えているな」
夜風の中で、みんなが思わず顔を見合わせた。
――こうして、のんびりした休日のあとにも、また“いつもの日常”に静かに戻っていくのだった。




