第65話 社食で異世界バレ!? 魔王と私のトンデモ事情、信じてくれますか?
昼休みのチャイムが鳴り、社食へ続く廊下にはいつもの行列ができていた。
私はトレイを手に、メニュー表を眺める。
今日の定食は、焼きサバの彩り野菜添え。
副菜はほうれん草の白和えと、かぼちゃの煮物。
そして社食名物の、やけに美味しい味噌汁。
栄養バランスも彩りもよくて、私は迷わずそれを選んだ。
「みのり、健康的なの頼むじゃん」
後ろから声をかけてきたのは絵莉だった。
「えへへ……ほら、午後眠くなりたくないし」
二人で席を取り、湯気の立つ味噌汁をすすりながら、たわいのない会話が続く。
仕事の愚痴、ドラマの話、新しくできたカフェの噂――そんな、いつも通りの昼休み。
けれど突然。
「――で、なんで急にいなくなってたのよ」
「えっ」
箸を持つ手が止まった。
絵莉はにっこりしているけれど、目だけは笑っていない。
「え、だ、だから、親戚が倒れて――」
「みのり」
絵莉は小さくため息をついた。
「……あんたとは付き合い長いんだから、嘘なんてすぐ気づくよ」
「……っ」
胸がぎゅっと痛んだ。
隠している後ろめたさか、嘘を見抜かれた驚きか、それとも。
(絵莉なら……本当のこと、話しても信じてくれるかな?)
(それに、またあっくんが絡むトラブルで仕事に穴をあけたら……社内に事情を知ってる人が一人くらいいたほうがいいのかも……)
迷いが、喉に引っかかったまま動かない。
「……じ、実は……」
思わず声が震えた。
私は深呼吸して、少しずつ言葉を紡ぎ始める。
あっくん――魔王アークロンのこと。
異世界のこと。
こっちの世界にまで流れ込んできている魔物のこと。
私が巻き込まれた数々の出来事と、理由の説明がつかない失踪の理由。
順を追って話していく間、絵莉はずっと私の顔を見ていた。
驚いて目を見開いたり、青ざめたり、途中で眉間にしわを寄せて考え込んだりしながら。
けれど――遮らず、否定せず、最後まで全部聞いてくれた。
話し終えると、社食のざわめきがやけに遠く感じた。
沈黙が落ちる。
絵莉はゆっくりと、味噌汁の椀を置いた。
「……なるほどね」
静かに、でも揺るぎない声だった。
(……信じて、くれた?)
絵莉はしばらく黙ったまま、視線をテーブルに落としていた。
味噌汁の湯気が細く揺れ、その向こうで絵莉の表情がゆっくりと変わっていく。
「……みのりが嘘ついてないのは、分かったよ」
「……え?」
絵莉は顔を上げ、真っ直ぐ私を見る。
困惑も、不安も、全部抱え込んだ顔。それでも逃げない目だった。
「だってさ……あんた、嘘つくとき肩がちょっとすくむし。目が泳ぐし。声も震えるし。今日のって、取り繕ってる嘘じゃなくて……“本当に困ってる”ときのやつだもん」
「そ、そんなの……あったっけ……?」
「あるのよ。ずっと見てきたんだから」
照れくさくて、胸が痛くて、泣きたくなる。
けれど絵莉は、そこでいったん言葉を止め、深く息をついた。
「たださ……異世界? 魔王? 魔物? ……正直、普通に考えたら頭抱えるわよ」
「う、うん……」
「でもみのり、あんたがそこまで必死に話すんだもの。信じないほうが無理でしょ」
静かに、しかし決定的な声だった。
胸の奥が一気に熱くなる。
ぱちん、と堰が切れたように視界が滲んだ。
「……絵莉……」
「なに泣きそうになってんのよ。ほら、ティッシュ使いな」
絵莉は笑いながらティッシュ箱を押し出してくれる。
私は思わず鼻をすすりながら、ほぼ反射的に一枚つかんだ。
「でさ?」
絵莉は急に声を潜めて、私の耳元に顔を寄せた。
「その……魔王様? だったっけ? 私も会ったことあるでかいプロレスラーみたいな人でしょ。みのりの“彼氏みたいな人”って」
「かっ、彼氏ではないし!?」
社食のテーブルが一瞬揺れるほど、私は全力で否定した。
周囲の社員がちらりと見る。
絵莉は肩を震わせて笑っていた。
「いや~、だって、助けに来てくれるし、一緒に住んでるし、なんかもう……ねぇ?」
「ねぇじゃないよ!!」
「はいはい。分かった分かった。……とにかく、何かあったらすぐ言いなさいよ。ひとりで抱え込むタイプなんだから」
「……うん。ありがとう」
その言葉を聞いて、絵莉はようやく安心したように笑った。
「よし、それじゃ午後の仕事がんばろ。魔物にも魔王にも負けてられないしね!」
「普通の会社員のセリフじゃないよそれ!」
二人で思わず笑い合う。
社食の喧騒のなかで、その瞬間だけ空気がふっと軽くなった。
――みのりは、ようやくひとつ、心の荷物を下ろせた気がした。




