第61話 帰宅したら、部屋が魔王の作戦本部になっていた件
次の日。
会社に向かう時間が近づくにつれ、胃のあたりがきゅっと縮まる。
数日間、突然の失踪。
無断欠勤。
普通に考えれば大問題だ。
――言わなきゃ。
わかってるのに、スマホを持つ手が震える。
意を決して、通話ボタンを押した。
「……お、おはようございます……! あの、すみません……急にお休みしてしまって……」
頭は真っ白で、用意していた“言い訳”だけが頼りだった。
「じ、実は……親戚が倒れて、私しか動けなくて……。電波の届かない山の方にずっといて……連絡もできなくて……。ほんとにすみません……!」
自分でも苦しいと思う。
でも、今の状況を説明できるわけもない。
数秒の沈黙が続き――
『……大変だったね。無事でよかったよ。今日出られるなら午後からでも大丈夫だから』
「……あ、ありがとうございます……!」
膝ががくんと抜けそうになった。
なんとか……なんとか通じた。
「そしたら、私は出社するから、夜の準備お願いね……!」
玄関に靴を履きながら振り返ると、あっくんが胸を張った。
「任せよ」
その後ろでは、コタツに集まった二人と一匹――
ルカくん、リュカくん、タヌロフが、真剣そのものの表情で図面やらメモやらを広げていた。
「結界の範囲はこのくらいたぬ」
「結界を張るなら、魔力の流れを一定にしないと……」
「みのりさんの帰宅までに“最低限の準備”は整えておきましょう」
まるで秘密組織の作戦会議みたいで、ちょっとおかしい。
でも、頼もしい。
私はその光景を胸に刻んで、家を出た。
◇
会社に近づくほど、足取りは重くなる。
入り口の自動ドアが見えただけで、胃がぎゅっと縮んだ。
(……はぁぁぁ……こわい……)
でも、行くしかない。
覚悟を決めて社員証をタッチすると、ちょうど中から誰かが飛び出してきた。
「――みのりッ!!」
勢いよく肩をつかまれ、私は変な声が出そうになる。
倉田絵莉。
私の同僚で、学生時代からの親友。
仕事もできて面倒見が良く、姉貴分みたいな存在。
その絵莉が、眉を下げて今にも泣きそうな顔をしていた。
「アンタ! 生きてたの!? スマホも繋がらないし、家行ってもいないし、連絡もゼロだし! もう警察に相談する寸前だったんだけど!!」
「ご、ごめん……ほんとに……」
「ほんとにじゃないの! なんなの!? 山奥に缶詰ってどういう状況よ!」
早速、電話で話した“嘘”をつつかれる。
でも私はもう、用意していた言い訳で押し通すしかない。
「その……親戚が倒れて、バタバタしてて……。しかも運悪く電波がない地域で……。私もどうにもできなくて……」
絵莉は大きくため息をついて、私の頬を両手でむぎゅっと挟んだ。
「……はぁ……。まあ、生きてるならいい。無事なら、それでいいよ」
「絵莉……」
「ただし! 後でちゃんと経緯は全部話しなさいよ? 今は仕事たまってるから、動けるなら手伝ってもらうからね!」
その言葉には優しさが滲んでいた。
「うん……もちろん。任せて」
「よし。じゃあ今日は軽めの書類からね。いきなりフル稼働させるのも悪いし」
絵莉の背中について席に向かいながら、私は胸の奥でそっとつぶやいた。
(……ほんとに……帰ってこられてよかった)
◇
仕事を終えて帰宅すると、ドアを開けた瞬間――妙な緊張感が押し寄せてきた。
「ただいま……」
靴を脱ぎながら声をかけると、コタツの方から一斉に顔が上がる。
「戻ったか。おかえり、みのり」
「おかえりなさい、みのりさん!」
「お、おかえりなさい……!」
「みのりおかえりたぬっ!」
まるで遠征から帰ってきた戦士を迎えるみたいな勢いで、あっくん、ルカくん、リュカくん、タヌロフが揃って返事をくれた。
そのコタツにはメモがずらりと並び、試作の魔道具が山のように積まれている。
どう見ても――討伐前の作戦会議の真っ最中だった。
「みのり。準備は万全だ」
「今日の巡回ルートも決めておきましたよ!」
「魔物の出現地点を地図にまとめたよ……!」
「タヌロフも戦えるたぬ!」
みんなの顔が、やけに頼もしく見える。
異世界の魔物が迷い込んでしまったこの街を守るため――
私たちは玄関に集結した。
「よし。行くぞ、みのり」
「……うん!」
夜風がひんやりと肌を撫でる。
その奥に潜む気配を探るように、あっくんが歩み出した。
こうして、日本での“魔物討伐生活”が本格的に幕を開けた。




