第60話 異世界魔王、現代日本の闇へ出撃!? はじめての“夜パトロール”
「みのりたちのことも心配やっちゃけどね、母ちゃんたちも家のことが気になって仕方なかとよ。いったん戻らんとどうにもならんけん、今日は帰るけんね」
玄関の前で、母が名残惜しそうに私の手を握った。
父も荷物を持ちながら、心配と安心が混ざった顔ではにかむ。
「何かあったらすぐ連絡するんだぞ」
「うん……本当にありがとう。ふたりのおかげで帰ってこれたし……」
何度も抱きしめられて、やっと見送ったころ。
ドアが静かに閉まり、部屋の中には――
私、あっくん、ルカくん、リュカくん、タヌロフの四人と一匹が残った。
そして、すぐに重い空気が漂いはじめた。
「さて……魔物退治の段取りを決めるぞ」
みんながコタツに潜り込む。
「テレビの報告では、まだ低位の魔物しか確認されていないようだな」
「数は増えてるみたいですね」
「ニュースにならない程度に処理する必要があると思います……」
「タヌロフ、スライムだったら任せるたぬ! 踏んだら爆発するタイプじゃなければいいたぬ!」
わいわいしているけれど、状況は深刻だ。
もたもたしていると魔物が繁殖するかもしれない。
「とりあえず今日は周辺の巡回と観測。明日から本格的に討伐だな」
あっくんがまとめると、皆がうなずいた。
……そこで、ふと気づく。
「ねぇ、みんな……この部屋……改めて狭くない?」
六畳のワンルーム。
ベッドと机と本棚で半分埋まってる。
そこに人間一人、魔族三人+魔獣一匹って……無理では?
「ぎゅうぎゅうですね……」
「僕、呼吸するたびに誰かの肩に当たります……」
「タヌロフ、つぶれちゃうたぬ……!」
「……仕方ない。我が結界術を使うか」
あっくんが静かに立ち上がった。
日本に満ちた新しい魔力が、薄い青となって彼の手に集まる。
「ゲートが開いた影響で、この世界でもある程度の魔法が行使できるようになった。なら――」
押し入れの前に立つと、指先で小さく円を描く。
「“異空間重結界”」
空気が震えた。
押し入れの奥が、ぐにゃりと歪みながら――
奥へ、奥へと伸びていく。
「……うわ、広っ!?」
「こ、これは……十畳くらいある……!」
「タヌロフの専用スペースも作れるたぬ!?」
「大丈夫だ。空間は分割できる」
あっくんが満足げにうなずいた。
「みのりの部屋を傷つけず、わずかな魔力で維持できる。これで寝起きには困るまい」
「す、すごい……! 異世界にいるみたい!」
「異世界の魔王ゆえ……だな」
得意げに腕を組むあっくんの隣で、ルカくんとリュカくんも目を輝かせていた。
でも、感動に浸ってばかりもいられない。
今日の目的は――夜の巡回。
◇
外に出ると、冬の空気がひやりと頬を刺した。街灯に照らされた住宅街は静かで、人の気配は少ない。
こんな場所に、本当に“こっちに流れ込んだ魔物”が出るのだろうか……と、胸がざわつく。
「まずは気配の濃いところからだな」
あっくんが空を仰ぐ。銀髪のポニーテールが夜風に揺れた。
「周囲の魔力の偏り……微量ですが、確かに感じます……」
リュカくんが眉を寄せる。
「人の目があります。派手な魔法は使えませんね」
ルカくんが小声でつぶやいた。
「大丈夫だ。まずは観測が主だ」
あっくんは淡々と歩みを進める。
その横顔は、テレビの前でスライムのニュースを見たときよりずっと真剣だった。
私はというと……周りをきょろきょろしすぎて、ただの不審者みたいになっていた。
「……な、なんかいるっ……!!」
「落ち着け。猫だ」
あっくんが指さす先には、住宅の塀の上からこちらを睨む黒猫が一匹。
「……なんだ……猫かぁ……」
「焦るのは当然です。みのりさんは一般人ですから」
リュカくんが優しく微笑む。
「異常があれば余が守る。安心するがよい」
そう言われると、なんだか心が少し軽くなった。
しばらく歩き、住宅街から川沿いの遊歩道へ。
ひんやりした川風が吹いて、街灯の影が長くのびる。
「……ここ、魔力の流れが少し乱れています」
リュカくんが立ち止まった。
「確かに。結界が弱まったか……あるいは“こっちの魔物”が通った跡かもしれませんね」
ルカくんが目を細める。
「遭遇したらどうする……? 倒すの?」
私は息を呑んだ。
「今夜は観測だ。見つけても追うだけにする」
あっくんは振り返り、私と目を合わせて静かに言う。
「無理はせぬ。みのりの世界を守る戦い……余は慎重に進める」
胸の奥がぎゅっと熱くなる。
そのとき――川の向こう、街灯の下で何かが跳ねた。
「……いました!」
ルカくんが声を押し殺して走り出す。
「待て、距離を保て!」
あっくんが低く指示し、一同が影のように動いた。
私も息を止めながら、闇の中で揺れる“何か”を追う。
丸いシルエット。光に反射する、赤い目。
ニュースで見た“うさぎのような魔物”――!
だが次の瞬間、そいつは素早く身を翻し、川沿いの草むらへ跳ねて消えた。
「……逃げましたね」
「動きが速すぎます……」
ルカくんとリュカくんが肩で息をしながら戻ってくる。
「よし、位置は把握できた。明日の討伐に備えて準備するぞ」
あっくんが静かに言った。
――こうして、魔物退治初日の“前夜”は静かに更けていった。




