第55話 勇者の間で再会したのは、やっぱり“母”でした
城の奥へ案内され、私たちは巨大な扉の前で立ち止まった。
「ここが……勇者リオル様の“謁見の間”だ」
兵の言葉に、私はごくりと息をのむ。
扉がゆっくり開かれ、眩しい光が流れ込んだ。
高い天井。白い石柱。
正面には、栗色の髪を揺らす勇者リオル。
その横に――
「………………え?」
私は目を疑い、そのまま口が勝手に開いた。
――お母さんが立っていた。
「みのり! 父ちゃん! アツシさん! こんなとこにおったのね!」
「「どういうことーーーーーー!!?!」」
叫ぶ私と父。
目玉どころか魂まで飛び出そう。
「なぜ、みのりの母上が」
あっくんが眉を寄せる。
「彼女は僕の友人だ」
リオルくんが当然のように答えた。
「なんか友達になってるーーーー!?!」
私の声が謁見の間に響き渡った。
……無理。理解が追いつかない。
ついさっきまで城に近づくのさえビビってたのに、まさかの母が“勇者の横”ポジションで立っているなんて、誰が思う?
でも、その困惑は勇者も同じだったらしい。
「魔王アークロン……なぜ、こんなところに」
淡褐色の瞳が揺れる。
魔族の天敵をこの場で見るとは思っていなかったのだろう。
魔王――あっくんは一歩前に出た。
「余も望んで来たわけではない。だが……簡潔に言えば、貴様の転移魔法によって異世界へ飛ばされた。その影響で魔力を失い、帰還が遅れただけだ」
「……そうだったのか。自分で飛ばしておいてなんだが……そなたがいない間、世界は更に混乱を極めていた」
リオルくんが目を伏せ、低く語り出した。
「魔王が消えた瞬間、魔力の均衡が崩れた。さほど魔力を持たぬ魔族でさえ、簡単に村を消し飛ばすほどの魔法を放てるほどに……その力の暴走で、多くの死者が出た」
「なんだと……? そんなことが……」
あっくんの声が震えた。
魔族の王として、聞きたくない事実だったのだろう。
「しかし、余が戻ったことで魔力も元に戻ったのではないのか?」
その問いに、リオルくんは答えない。
代わりにタヌロフが、そわそわと手を挙げた。
「タヌロフ、ちょっと試してみるたぬ……」
広間の中央に立ち、小さく息を吸う。
「《ひかりポン!》」
ぱちっ。
線香花火の最後の“しゅる……”みたいな……
頼りなさすぎる光が、ぽつんと弾けただけだった。
それを見た瞬間、父が気づく。
――俺と逃げていた時のタヌロフの魔法は、あれでも強化された状態だったのだと。
つまり、今の“ひかりポン”が本来の力。
「つまり……ほんとうに魔力が、元に戻っとるっちゃね……」
父の言葉に、リオルくんもうなずく。
「ええ。魔力の乱れが元に戻った以上、魔族の残党が暴走魔法で荒らすことは、もうできないはずです。……だからこそ、あとは“人の側”が動かねばならない」
そう言って、リオルくんは立ち上がり、真剣な瞳で魔王たちを見る。
「まだ処刑の取りやめが行き渡っているのは、ごく一部の町や村だけです。だが、魔力が安定した今――無実の者を殺す必要などどこにもない。すぐにでも兵を各地へ飛ばし、処刑を中止するよう命を出します」
その声音には、勇者としての覚悟と、ひとりの青年としての後悔が入り混じっていた。
「遅すぎるかもしれない……しかし、もう二度と間違いは繰り返さん」
栗色の髪が光を受けて揺れる。
その表情は、初めて“勇者”ではなく、ただの人間リオルとして見えた。
魔王は静かにうなずく。
「うむ。そなたが正しき道を選ぶなら、余もそれを支えよう」
私もそっと前に出る。
「リオルくん……ありがとう。誰かを守ろうとしてくれるなら、それはすごく……嬉しいよ」
リオルくんは少し驚いたように目を瞬くが、照れたように微笑んだ。
「……あなたのお母さんに、言われましたからね。“極端はいつか反動を呼ぶ”と」
視線の先に立つ母は、にっこりと胸を張る。
「な? うちが言った通りやろ? なんでもかんでも禁止したら、世界が窮屈になるばい」
「まさか、お母さんが勇者を言いくるめてたなんて……いや、心の底から納得させてた、って言うべきかな」
自分の母が世界の流れを変えていたなんて、まだ実感が追いつかない。胸の奥がじんわり熱くなって、私は思わず小さく肩をすくめた。
しんと静まり返った勇者の間で、灯火の揺れが壁に影を落とす。そんな厳かな空気の中でさえ、誇らしさと照れくささが入り混じって、落ち着かない気持ちになる。
――ほんと、お母さんってば、どこ行っても強いんだから。
私は胸の前で手を組み直し、まだ少し火照る頬をそっと指先で押さえた。




