第53話 勇者城に飛ばされた母、世界の理をゆさぶる
――眩しか!
光に包まれたと思ったら、足元がふわっと浮いて、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
「いったぁ……どこね、ここ……?」
床は冷たい石。目の前には、天井が高くて広い大広間。壁に飾られた旗は、見た事のないような刺繍が施されている。なにより――
「……誰?」
青年が、ぽかんと口を開けて母を見ていた。
背中に背負った大剣。きらびやかな装備。
どう見ても“偉い人”の服装。
青年のほうも、どうやら母の登場に動揺していた。
「……き、君はどこから現れた!? 転移魔法……いや、この城に転移を突破できる者がいるはずが……」
「え、え〜と……さっきまで家のリビングやったんやけど……。なんか光に吸い込まれて……」
「リ、リビング……?」
勇者らしき青年が、完全に思考を止めている。
――と、その瞬間。
ずしゃあっ!
城の警備兵が数名、駆け込んできた。
「リオル様! 先ほど、突如として城内に強い光反応が……! そちらの女性かと!」
勇者リオル。
この世界で、魔王の代わりに頂点に立ったという人物。
その勇者が、困ったように母を見る。
「……敵意は感じない。だが、どうしてこの城に……?」
「いやいや、なんで私が聞かれよるとね!? こっちが聞きたいくらいやけど!」
リオルはしばらく黙り込み、それから警備兵に指示を出す。
「全員、下がれ。僕が話を聞く」
兵士たちが去っていき、広い大広間に残ったのは母とリオルだけ。
リオルは慎重に距離を詰め、柔らかく声をかける。
「……怖がらせてすまない。君はどうやら、この世界の人間ではないようだ」
「えっ……ここ、日本やなかと……?」
「ここはエルヴァン大陸……魔法が息づく世界だ」
「――魔法!? 魔法ってなんね!?」
母は思わず叫び、胸を押さえた。
「大丈夫です。驚かせるつもりはありませんでした。……落ち着いてください」
その声音は、先ほどまでの張り詰めた勇者のそれではなく、まるで同じ“迷える者”を落ち着かせようとする青年のようだった。
母は戸惑いながらも、数回深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。
リオルは一拍置き、ほんのかすかに視線を伏せた。
「実は……あなたに聞いていただきたい話があります。誰彼構わず自分の世界の事情を語るつもりはありませんが、でも――あなたは、この世界に来たばかりなんですよね?」
母は小さく頷く。
リオルは、この世界にはかつて魔王が存在していたこと。その魔王が消えたあとも、なぜ混乱が続いているか……そして、魔法を使う者をどうして処刑しているのか、少しずつ説明しはじめた。
「……本当は、魔法そのものを悪と決めつけるつもりはなかったんです」
「ほんなこつ? あんた、魔法使ったら処刑って言いよったやんね」
「はい。今は、そうせざるを得ないんです」
リオルの声は低く、どこか自分を責めるようやった。
「魔王を転移させたあと、世界は落ち着くはずでした。でも……違った。魔王が消えた途端、魔力の均衡が崩壊してこの世界の魔力に異常をきたしました」
「異常?」
「ええ。さほど魔力を持たない魔族が魔法を使っても、魔力の乱れのせいで村ひとつ消し飛ぶ威力の魔法が放てるようになってしまったのです」
リオルの拳が震え、ぎゅっと握りしめられる。
「魔族の残党はそれをいいことに、各地で暴れ回りました」
「それは確かにひどかけど……中には正しく魔法ば使いよった魔族もおったっちゃないと? いきなり処刑なんて、そげん乱暴なこと……」
「分かってます。本当は、僕だってそんなことしたくなかった。ですが、王国の上層部は“魔法を完全に断つしか国を守れない”と判断しました」
そこで、リオルの視線がわずかに揺れた。
「僕は……あの日、目の前で大切な仲間を失った。魔族の残党が放った滅びの魔法で……助けられなかったんです」
「……そんなことが……あんた、つらかったっちゃね」
母は小さくつぶやいた。
リオルは苦く笑った。
「だから……処刑なんてしたくない。こんなやり方、正しいはずがない。だけど……止めなければ、もっと多くの命が失われる」
その声は震えていて、勇者という肩書きからはあまりにも遠かった。
「けどね、あんた……魔法そのものを悪者にしたら、きっとどっかで歪みが出るよ。こっちの世界のことはよう分からんけど……」
母が言うと、リオルの表情が一瞬だけ強ばった。
その強ばりは――痛いところを突かれた人のそれだった。
「……歪み、ですか」
「そうよ。魔法って、便利な面もあるんやろ? うちで言うたら車とか電気とかと一緒やけん。危ないのも確かやけど……全部禁止にしたら、かえって暮らしに困るとよ」
「……確かに、そうでしょうね」
「それにね、“どこでも誰でも絶対ダメ”ち言われたら、守る方も苦しかろうもん。そげな極端なやり方は、どっかで反動が出るとよ」
その言葉に、リオルの呼吸が止まった。
「……反動、か……そうか。そう……だな」
握りしめた拳が震えた。
自分は“守るため”と思い込んで、結果として誰の息もできなくしていた。
禁止の網を張りすぎたせいで、かえって別の亀裂を生んでいた。
母の言葉が、それを容赦なく照らし出す。
「やり方を……間違えていたのは、僕だ」
低くつぶやき、リオルは勢いよく立ち上がる。
「兵に伝える! 今すぐだ。処刑を取り止めさせる――魔法を使ったという理由“だけ”で命を奪うのは、もう終わりにする!」
扉へ駆け出すその背には、さっきまでの硬さがわずかに剝がれ落ち、代わりに、新しい決意の熱が宿っていた。
そのころ――みのりと魔王が雑貨屋の老人から警告を受けていた同じ時刻。
転移初日に、まさかの母の功績(?)で、物語の行方を大きく揺るがす“決断”が生まれようとしていた。




