第51話 異世界で迎える朝は、魔物のBBQと父の追及から始まりました
夜の追跡劇からどうにか逃げ切り、空が白みはじめる頃。
森の奥は、しんと静かに冷たい風が通り抜けていた。
「あ……明るくなってきましたね……」
ルカくんが安堵の息を漏らす。
タヌロフもへたり込みそうになりながら尻尾をふる。
「助かったたぬ……アークロン様が迎えに来てくれなかったら危なかったたぬ……!」
その横で、スーツ姿のまま草に座るみのりの父は、ぐったりとしたまま遠い目をしていた。
「……夢じゃなかったんじゃな。タヌキみたいな子と……軍隊みたいなのに追われて……」
「タヌキじゃないたぬ!!」
タヌロフがぷんすこ跳ねる。
あっくんは短剣を腰に戻し、周囲を見渡す。
「まずは腹を満たすぞ。語るべきことが多い」
◇
少し歩いた先の川辺で焚き火を起こすと、あっくんは素早く魔物――とはいえ、この世界では“野生の獣”程度の存在――を仕留め、手際よく捌きはじめた。
「アークロン様、果実と木の実を取ってきました!」
「僕も手伝ったよ! 兄さんだけに働かせるわけにいかないし!」
二人が抱えてきたのは、赤い果実や紫の木の実。どれも瑞々しい。
タヌロフは串を作り、みのりの父は火の番を任された。
「……はぁ……会社でも家でもこんな役目ばっかりだ……」
ぼやきながらも、丁寧に火加減を調整しているあたり、妙に手際がいい。
やがて、香ばしい匂いが広がる。
「すごい……! これ、焼いたらめちゃくちゃ美味しそう!」
「余にかかればこの程度、朝飯前よ」
焼けた肉は驚くほど柔らかく、果実は甘酸っぱくて爽やかだった。
みんなで朝食を囲む時間は、不思議と落ち着きを取り戻させてくれる。
「……うまいな。こんな場所で……こんなうまいもんが食えるとは」
父が感心したように呟く。
「アークロン様の料理、ほんとに美味しいですよね……」
ルカが笑うと、あっくんは少しだけ胸を張った。
「当然だ。魔王たるもの、野営の一つも満足にこなせずどうする」
◇
食事が落ち着いた頃。
あっくんはゆっくりとみのりの父の方へ向き直った。
「……さて。そなたにも、話しておかねばならぬことがある」
「あ、あぁ……?」
父はまだ状況が飲み込めていない顔で、背筋を伸ばした。
あっくんは短く息を吐き、真っ直ぐに父を見る。
「余は――かつてこの世界で“魔王”と呼ばれていた存在だ」
父の表情が一瞬固まり――次の瞬間、九州訛りが爆発する。
「あんた魔王やったと!? さっきの追っ手もそれ絡みやとね!? なんでウチの娘を巻き込むごとになっとるとね!?」
「お、お父さん落ち着いて……! あっくんは悪い人じゃないよ……!」
みのりが慌てて父の腕を掴むが、父は震える指をあっくんに向ける。
「魔王……って言うなら……それは、世界を滅ぼすような……」
「滅ぼしておらん。支配していただけだ」
「似たようなもんじゃろ!!」
リュカくんがそわそわしながら口を開く。
「で、でも……アークロン様は今、魔法を使えないし……」
ルカくんも続ける。
「そうなんです。諸事情で転移魔法も使えず……だから日本に戻る手段も、今はほとんど無い状態です」
父は息を飲んだ。
「……娘も……みんなも……帰れんとね……?」
「帰すつもりではある。必ず、元の世界に戻す方法を探す」
あっくんは静かに言い切った。
その声音には、魔王としての威厳と、みのりと共に暮らした“アツシ”としての誠意が混じっていた。
父はしばらく黙り、焚き火のぱちぱちという音だけが聞こえる。
やがて、深く息を吐いた。
「……魔王がなんやら、ようわからんけど……みのりを、頼むばい」
静かに。けれど確かに。
異世界の朝の光の中で、父はそう言った。
あっくんはわずかに驚いたように瞬きし、そして、小さく頷いた。
「任せよ。必ず守る」




