第50話 スーツ姿で異世界迷子!? 父とタヌロフのドタバタ夕暮れサバイバル
眩しい光が弾けた次の瞬間――俺は土の上に倒れていた。
……スーツの裾が泥まみれだ。
今日は、みのりの結婚挨拶でアツシくんの家を訪ねる大切な日だったはずなのに。
ネクタイは半分緩んで、革靴はどこかに飛んでいき、片方しか残っていない。
「ど、どこだここは……?」
緑が濃い。あたり一面を包む木々は、日本の森よりも深い色をしていた。
空は夜に沈む直前のように紫と橙が混ざり合い、妙に鮮やかなグラデーションを描いている。
風は軽く、ほのかに温かい。夕方のはずなのに、昼と夜の狭間みたいな不思議な空気だ。
ここは、きっと日本じゃない。
そして、すぐ近くで――。
「たぬっ!」
丸々したタヌキのような生き物が背中から起き上がり、頭を振った。
「お、お前は……確か、アツシくんの家にいた……?」
「タヌロフたぬ! まさか一緒に飛ばされるとは思わなかったたぬ……! 困ったたぬ……!」
しっぽをパタパタさせているが、目は不安に揺れている。
状況が飲み込めない。みのりはどこだ?
アツシくんは? 妻は?
俺は額を押さえた。
「と、とりあえず……みのりを探さないと……」
「そうたぬ! 魔力の痕跡、薄いけど残ってるたぬ! 追うたぬ!」
タヌロフが鼻をひくつかせ、森の奥へ進む。
俺も片靴で走り出した。
◇
――ガサガサッ。
「今なんだか……変な音が」
「……む! 来たたぬ!」
ぬるり、とした影が茂みから這い出る。
青いゼリー状の物体――どう見てもスライムだ。
俺は後ずさった。
「な、なんだこれは……!?」
「弱い魔物たぬ! タヌロフに任せるたぬ!」
タヌロフは両手を前に出し、魔力を練り上げ――。
「《ひかりポン!》」
ぽふっ。
小さな光球が弾け、スライムが蒸発した。
「おお……!」
妙にかわいい名前の魔法だったが、効果は確かだ。
だが――その魔法の光が木々の隙間を照らした、その時だった。
「そこの魔族! 今のは魔法か!?」
「見たぞ! 魔法を使ったな! 確保しろ!!」
森の奥から数名の兵士が飛び出してきた。
銀色の鎧に、剣と槍を構えている。
「まずいっ……!」
「え!? なんでたぬ!? 今のただの簡易魔法たぬよ!?」
「魔法使用者は処刑対象だ! 抵抗すれば殺す!」
「なんでたぬーーー!!?」
タヌロフが俺の腕をつかみ、
「お父さん、逃げるたぬ!!」
と、全力で森の奥へ走り出した。
◇
枝が頬をかすめる。
後ろから鎧のぶつかる音が迫る。
「待て!!」
「魔族と人間の男を確保しろ!」
息が切れ、スーツはもう汗と泥だらけだ。
「まだ追ってきてるぞ……!」
「この森、変たぬ……魔力の気配が濃い……。あっ……!」
「どうした!?」
「みのりの魔力と、もうひとつ……」
タヌロフは立ち止まり、鼻をぴくつかせて叫んだ。
「アークロン様の魔力!!」
心臓が跳ねた。
(アークロン? ……アツシくんのことか!?)
彼が近くにいるということは――みのりもきっといるはずだ!
「お父さん、こっちたぬ!!」
タヌロフは俺の手を引き、急斜面を駆け上がった。
◇
斜面の向こうで、焚き火の光が揺れていた。
体格のいい銀髪ポニーテールの青年。
金髪で細身、似たような容姿をした青年二人。
そして、その中心で――みのりがこちらを振り返った。
「……お父さん!?」
胸の奥が一気にほどけた。
「みのり……無事か……!」
「お父さん……!」
みのりが走り寄る。俺はその肩をつかみ、涙が出そうになるのをこらえた。
背後からはまだ軍隊の怒号が聞こえる。
しかし、アツシくんが一歩前に出て、鋭い瞳で闇を見据えた。
「追手が迫る。まずはここを離れるぞ」
アツシくんの頼もしさに、俺はただ頷くしかできなかった。




