第48話 ちょ、待って! 異世界来て早々指名手配とか聞いてないんだけど!?
翌朝。
小さな村の食事処は、朝日が差し込み、木の壁がほんのり温かい色に染まっていた。
みのりとあっくんは、焼きたての薄いパンと、香草で煮込んだスープを前に穏やかに向かい合っていた。
「……異世界でも、朝ごはんって落ち着くね」
「うむ。腹が満ちれば心も整うものだ」
あっくんはそう言ってスープを一口すする。
穏やかな空気に包まれ、みのりの胸の不安も、ほんの少しだけ薄れていく。
だが――平穏は長く続かなかった。
食事処の入口近く。
木板に貼られた、一枚の紙がみのりの目に飛び込んでくる。
「……あれ?」
そこには、はっきりと描かれた青年の横顔。
雪のように白い肌に、どこか影のある瞳。金髪。細身の輪郭。そして――ルカくんと瓜二つ。
紙をよく見ると、こう記されていた。
《指名手配 リュシカ・アーヴァイン
罪状:禁術級魔法の使用、および世界境界の違法接続》
みのりは確信して、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「た、大変! これ……ルカくんの双子の弟、リュカくんだよ!」
あっくんも貼り紙に視線を向け、険しい表情を浮かべた。
「……容疑は“禁術の発動”か。魔法を使ったことで追われておるのだろうな」
「やっぱり……ゲートを繋ぐ魔法、危なかったんだ……!」
「うむ。これは急がねばなるまい」
みのりの背筋が凍る。
「魔法を使ったら即死刑になる世界って……昨日聞いたばっかりなのに……!」
手が震えた。
リュカくんは、みのりやあっくんたちを助けるためにゲートを繋ごうとした。
その優しさが、そのまま罪にされてしまったのだ。
「リュカくん……どうなっちゃうの……」
沈むみのりの肩に、そっと手が置かれる。
「案ずるな、みのり。余が必ずリュカを見つける」
その落ち着いた声は、不思議と心を支えてくれた。
だが、次の瞬間。
食事処の外から、慌しい声が響いた。
「逃げたぞ! 金髪の若い男だ! 北側の森へ!」
みのりとあっくんは顔を見合わせる。
「あっくん……!」
「うむ。リュカだな」
二人は席を飛び出し、村の外へ走る。
村の北の森は深く、霧が立ち込めていた。
木々の隙間から、何かが駆け抜ける影が見える――細い体、金髪が揺れる。
「リュカくん……!」
みのりが叫んだ瞬間、影が振り返った。
怖がるように怯えた瞳。
ルカくんと同じ、優しい目。それでも、どこか痛みに染まった光。
青年は唇を震わせた。
「……兄さん……? いや……あなたは……」
リュカくんがみのりとあっくんを見て、警戒と驚愕が入り混じった表情を浮かべる。
「リュカよ。余だ。アークロンだ」
「魔王様……!! 本当に……?」
弱い声が震える。
だが次の瞬間――
バサッ!
緑のローブをまとった男たちが森に雪崩れ込んできた。
胸には勇者リオルの紋章。
「見つけたぞ、魔法使いリュシカ! 観念しろ!」
「……っ!」
リュカくんが後ずさる。その目は、完全に追い詰められていた。
みのりが思わず叫んだ。
「待って! この子は悪いことなんて……!」
「黙れ! 魔法を使う者は全員、処刑対象だ!」
男が剣を抜く。
みのりの心臓が跳ね上がった。
その瞬間――風を裂くように黒い外套が横から滑り込む。
「……無粋なまねをするな、人間」
低く響く声とともに、あっくんがみのりの前へ立ちはだかった。
外套の内側から、迷いなく短剣を抜き放つ。
金属同士が激しくぶつかり合う音が、村道に弾けた。
「なっ……誰だ、お前!?」
「余の名を名乗る義理はない。そなたの剣は、みのりに向けるには重すぎよう」
あっくんは片手だけで男の剣を受け止めながら、冷静に言い放った。
その姿は、魔力が封じられているはずなのに、不思議と威圧感に満ちている。
「ひ、怯むな! そいつも禁術使いの一味だろう!」
「ならば――余が相手をしてやる」
短剣がきらりと返される。
あっくんは一歩踏み込み、男の剣筋を軽やかにいなし、手元へ衝撃を叩き込んだ。
男の剣が弾き飛ばされ、地面へ突き刺さる。
「ぐっ……!?」
「みのり。下がっておれ」
あっくんは短剣を男の喉元すれすれに突きつけながら、振り返らずに言った。
その背中を見たみのりは、胸が熱くなるのを感じた。
男の喉元に短剣が突きつけられた瞬間、あっくんは低く告げた。
「……無益な殺生は好まぬ。だが追うと言うなら、その命……保証はできぬぞ」
男は青ざめ、固まった。
その隙を逃さず、あっくんはみのりの手を取る。
「みのり、リュカを抱えよ。ここから離れるぞ!」
「う、うん!」
みのりは倒れかけていたリュカくんを支え、肩に回す。
リュカくんはまだ意識が朦朧としているが、かすかにみのりの腕にすがりついた。
「ごめん……助けて……」
「大丈夫。絶対助けるから」
みのりがそう囁くと、あっくんは村外れの細道へ駆けだした。
「こちらだ、みのり! 人目の少ない道を選ぶ!」
村人たちのざわめきが背後から追ってくる。
さっきの男が仲間を呼んだらしい、金属音と怒号が近づいていた。
「追ってきてる……!」
「速度を緩めるな! 森へ入れば撒ける!」
あっくんの声に押され、みのりも必死で走る。
リュカくんの体は軽かったが、胸にしがみつく震えが痛いほど伝わってくる。
森の入り口で、ルカくんがひっそりと姿を現した。
「みのりさん、アークロン様! こちらです!」
「ルカくん!」
「追手が来ます、急いで! この先に獣道があります!」
ルカくんが先導し、4人は暗い森の奥へ踏み込む。
背後では、村人たちが叫んでいる。
「魔法使いだ! 逃がすな!」
「賞金は俺たちのものだ!」
次第に怒号が遠のき、森のざわめきだけが周囲を包む。
急斜面を下り、倒木を越え、息を切らしながら走り続け――
「……よし、ここまで来れば追いつけまい」
あっくんが木々の影に身を寄せ、周囲の気配を探る。
みのりはリュカをそっと地面に座らせ、肩で大きく息をした。
「はぁ……はぁ……こわ……っ……」
「みのり、無事か」
「あっくんこそ……足、速すぎ……」
「余は魔王ぞ。これしき、朝の散歩よ」
いつもよりほんの少し息が上がっているのに、あっくんは涼しい顔で言い切った。
みのりは思わず笑う。
「ルカくん……リュカくんの容態はどう?」
ルカくんは弟の額に手を当て、眉をひそめた。
「魔力の乱れが強いです……。おそらく、ゲートに干渉した負荷がまだ抜けていません。それに……今この世界では魔法は禁術です。魔力を持つ者は、みんなリュカのように狙われるでしょう」
その言葉に、空気が重くなる。
「あいつら……リュカくんが魔法を使ったから追ってきたんだよね?」
みのりが問うと、あっくんはわずかに目を細めた。
「うむ。追手は増える可能性が高い。……だが構わぬ。みのりや仲間を害す者あらば、その首ごと叩き落としてくれよう」
「まるで魔王のセリフみたい……!」
「みのりさん。アークロン様は魔王です」
ルカくんがツッコミを入れた直後、森の奥から冷たい風が吹き抜けた。
——逃亡は始まったばかりだ。
村からの追跡を完全に断つため、4人はさらに森の奥へ歩みを進めた。




