第40話 “気持ち”採取ミッション:スーパーの店長編
夕刻。スーパーのバックヤードは、惣菜コーナーの油の匂いがわずかに漂っていた。
その薄い通路の奥――“店長室”と書かれた扉の前で、魔王は立ち止まる。
「……よし」
胸元のポケットには、小瓶。
異世界へと帰るために必要な“大義の器”だ。
隣に立つルカくんが、少し緊張した面持ちで囁く。
「アークロン様。本当にお一人で大丈夫ですか?」
「余を誰と心得る。人間界での勤めとはいえ、やるべきことは変わらぬ」
魔王は小さく鼻を鳴らし、封筒を握り直した。
そして軽く咳払いをして、扉をノックする。
◇
「いや〜アツシくん! どうしたんだい? 珍しいね、こんな時間に」
店長はデスクから顔を上げ、いつもの温厚な笑みを向けた。
胸元に油染みのついた店のエプロン、鼻先にずり落ちかけた丸メガネ。
働き詰めの疲れを滲ませつつも、人柄の良さを隠しきれない表情――いつも余とルカに気遣ってくれる。
どう見ても、彼は地域に根づいた「スーパーの頼れる店長」そのものだった。
「店長。余……いや、私は。今日、お伝えせねばならぬことがあって参りました」
「お、おお? なんだか改まってるな。どうした?」
封筒を差し出す。
「……私、ルカと共に遠き国へ移ることになりました。ゆえに、こちらの仕事を辞することになります」
店長の表情が固まった。
「えっ……引っ越す!? 急に……?」
「余には、向こうで果たさねばならぬ使命があるのです」
「……そうか……君たちほど働き者の子はいなかったのになぁ」
店長の声はすこし掠れていた。
その瞬間、小瓶が胸ポケットの中で――かすかに震える。
(……想いが流れ込んでおるな)
惜別、応援、驚き。
人間の“感情”は、魔王の感覚でもはっきり分かった。
店長は机に肘をつき、深く息を吐いた。
「寂しくなるよ。本当に……。アツシくんもルカくんも頑張ってたもんなぁ。もっと一緒に働きたかったよ」
魔王の胸元で、小瓶が光の粒を吸い込んでいく。
「……店長。いずれ、必ず恩を返します」
「そんな気にするな! 君ならどこへ行っても大丈夫。応援してるよ!」
またひとしずく、小瓶が優しく震えた。
◇
バックヤードを出た魔王とルカは、人気の少ない搬入口で立ち止まった。
「アークロン様……お疲れ様でした」
「ふむ……思った以上に、心に来るものがあったな」
魔王は胸のポケットから小瓶を取り出す。
店長の“気持ち”が、あたたかな光の粒となって揺れていた。
「店長、良い方でした……。まさか、こんなにも強い感情が」
「うむ。これほどの“芽”があるとは、余も予想外であった」
夕焼けの光が魔王の銀髪に反射し、淡く金色に染める。
「……しかし、これでまた一歩だ。向こうから繋いだゲートに、こちらから魔力を注ぐ……その準備が進む」
「はい。みのりさんも、きっと喜びます」
「ふむ。余とて、人間の勤めを辞すのは少々惜しいが……背に腹は代えられぬからな」
そう言って、魔王は小瓶をそっと握りしめた。
「――帰還のために。次の“気持ち”を集めに行くぞ、ルカ」
「はい、アークロン様!」
二人は歩き出した。
次なる“感情のゆらぎ”を求めて。




