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異世界魔王とOLの日常が想像以上にドタバタで困る  作者: 白月つむぎ


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第36話 「帰れそうだ」って言われても笑えないのは、あなたたちのせいです

 数日前まで、私は本気で心配していた。

 ――あっくんたちは、本当に異世界へ帰れるんだろうか、と。


 でも、いざ“帰れるかもしれない”という可能性が舞い込んでくると……

 胸の奥がじんわり、ざわつく。


 嬉しいはずなのに、寂しい。

 応援したいのに、引き止めたい。

 なんだこの、変な気持ち。


 仕事の帰り道、マンションの階段を上がりながら私は深く息を吐いた。

 今日も玄関を開ければ、あっくんがいて、ルカくんがいて、尻尾を振るタヌロフがいる――

 そんな日常が、当たり前みたいに続くと思っていた。


 でも。


 タヌロフが森で見つけた“魔力の裂け目”。

 ルカくんが確信した、双子の弟リュカくんの存在。

 そして、ゲートを無理にでも繋ごうとしているかもしれないという真実。


 私は玄関前で立ち止まり、鍵を握りしめる。


 ――帰れる可能性がある。

 そのはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。


 自分でもよくわからないまま、そっと扉を開けた。


 部屋にはルカくんとタヌロフの姿はなかった。

 代わりに、リビングの明かりだけがぽつんと灯っている。


 その中心に、――あっくんが、静かに座っていた。


「みのり、帰ったか」


「うん。ただいま、あっくん」


 声が思ったよりも上ずって、私は自分で驚く。

 あっくんは片眉をわずかに上げただけで、特に触れてこなかった。


「ルカはタヌロフと共に、裂け目の再調査に向かった。すぐ戻るだろう」


「そう、なんだ……」


 私は鞄を置き、あっくんの向かい側に腰を下ろした。


 部屋が静かだ。

 タヌロフの足音も、ルカくんの穏やかな声もない。

 いつもより、妙に広く感じる。


「あっくん」


「なんだ」


「……リュカくんがゲートを繋ごうとしてるって聞いて、私……なんか、変な気持ちで」


 正直に言葉にすると、胸がきゅっとする。

 あっくんは腕を組んだまま、ゆっくりと視線を合わせてきた。


「みのりの表情を見ればわかる。嬉しさ半分、寂しさ半分……いや、寂しさの方が少し勝っているか」


「うっ……図星……」


「ふむ、余は嘘を見抜くのが得意でな」


 あっくんは小さく息をつき、背もたれに寄りかかった。


「ゲートを繋ぐのは危険だ。だが、帰還の可能性が見えたのは確かだ」


「……そう、だよね」


「しかし、みのり。お前が気に病む必要はない」


 その言葉に、私は顔を上げる。


「あっくん……?」


「余らが帰るかどうかは、“余ら自身”が決めることだ。みのりが背負うものではない」


 優しいようでいて、はっきりと言い切る声音。

 私はぎゅっと胸の前で手を握った。


「でも……もし、あっくんたちが帰っちゃったら……私……」


 言葉が喉につかえる。

 寂しい、なんて簡単には言えなかった。


 そんな私を、あっくんはしばらく黙って見つめて――

 ゆっくりと、息を吐いた。


「みのり。余がこちらの世界で最初に覚えた感情は、“戸惑い”だった」


「え?」


「お前と暮らすうちに、余はこの世界に馴染んでいった。余の知らぬ食事、知らぬ家、知らぬ時間の流れ。だが、不思議と居心地は悪くなかった」


 あっくんの声が低く、静かに落ちてくる。


「だから――帰還できるとわかっても、余もまた……決して平気ではない」


 胸が強く揺れた。


「あっくん……」


「みのり、お前の気持ちは“変ではない”。余も似たような感情を抱えている」


 ぽつり、と落ちるその言葉に、私は目を見開いた。


 あっくんも……同じなんだ。


「……なんか、ちょっと安心した」


「ふっ。それでよい」


 そのタイミングで、玄関の方からバタバタと足音が聞こえてきた。


「みのりさん! 戻りました!」


「ただいまたぬ!」


 扉が勢いよく開き、2人が顔を出す。


 私とあっくんは同時にそちらを向いた。

 胸のざわつきはまだ消えてないけど――

 少しだけ、前より軽くなっていた。

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