第35話 繋がりかけた世界
日曜の午後。買い物を終えて家に戻ろうとしていたときだった。
「みのりぃ〜! 大変たぬ!!」
スーパーの袋を提げた私の前に、全速力のタヌロフが飛び出してきた。
「ちょ、ちょっとタヌロフ!? どうしたの!?」
「森で……空気がビリビリしてる場所あったたぬ……!」
ビリビリ? 嫌な予感しかしない。
「みのりさん」
後ろから駆け寄ってきたルカくんが息を整えながら言う。
「タヌロフが“魔力の揺らぎ”を見つけたと言っていて……僕も少し感じます」
「ふむ」
あっくんが腕を組み眉間に皺を寄せる。
「魔力の裂け目は自然発生しない。何者かが関与している可能性が高いな」
「……行こう」
結局、私はスーパーの袋を抱えたまま三人を連れて近所の小さな林へ急行した。
◇
タヌロフはポフポフ跳ねるように先導し、私たちは後を追った。ルカくんは眉をひそめて周囲の気配を探っている。
森に入ると、ひんやりした空気が肌にまとわりついた。夕日の赤が木々の隙間で揺れる。その奥に──あった。
空間が、ゆらり、と歪んでいた。裂け目は薄紫の光を漏らし、風もないのに木の葉が震えている。
「これは……!」
ルカくんの声がわずかに揺れる。
「ルカくん、知ってるの?」
「はい……。この魔力、覚えがあります」
彼は裂け目にそっと手を伸ばし、触れないギリギリで止めた。
その横顔は驚愕よりも、どこか“胸が痛むような”表情だった。
「……双子の弟、リュカの魔力です」
「双子の弟……!?」
ルカくんは唇を噛んだ。
「……きっとリュカは、兄の僕やアークロン様を元の世界に戻そうとして、ゲートを“無理にでも”繋ごうとしているんだと思います」
「でもそれって……危ないんじゃ?」
「危険です。方法を間違えれば、ここと向こうの世界の均衡が壊れます」
あっくんが腕を組んだまま、低い声音で言う。
「しかし……帰還の手がかりになる可能性は、否定できぬ」
風のないはずの森の奥で、ざわり、と草木が逆立つように揺れた。
みのりがびくっと肩を跳ねさせる。
「い、今の……また裂け目の反応?」
ルカくんは目を細め、周囲の魔力を探るように指先をかざした。
「はい……。間違いありません。裂け目は“向こう側”から引っぱられている。リュカの魔力……この感じ、覚えがあります」
「あいつめ……無茶をしているな」
あっくんは舌打ちし、ひとつにくくられた銀髪を揺らした。
タヌロフがみのりの足元にしがみつく。
「なんかイヤ〜な感じたぬ……空気、ひっかかるたぬ……」
「みのりさん、離れていてください!」
ルカくんが一歩下がって庇うように立つ。
次の瞬間、裂け目から“音”が響いた。
音というより、世界の膜が擦れるような不気味な震動。
「ひっ……!」
「大丈夫だ、みのり」
あっくんがそっと手を取って落ち着かせる。
ゆらりと空間が歪み、淡い光が滲み出た。
あっくんが軽く腕を前に振り払うと、黒紫の魔力障壁が張られる。
「向こう側の魔力だ……だが、侵食はしてこぬ。まだ“繋がりかけて”いるだけのようだ」
ルカくんが悔しそうに唇を噛む。
「……リュカ。兄の僕たちを思ってくれているのは、分かります。でも……やり方が強引すぎる……!」
「どうするの? このままだと……?」
「最悪、向こうの世界が、こっちに“流れ込んで”きます」
ルカくんが静かに答えた。
「そうなる前に、余が制御する」
あっくんは前に踏み出し、裂け目に掌を向けた。
「アークロン様、止められるんですか?」
「完全には無理だ。だが、“繋がる速度”を鈍らせることはできる」
その言葉に、みのりは息を詰める。
「じゃあ……帰れるようになる可能性は?」
「ある。リュカがやっているのは無謀だが――」
あっくんの魔力が森を震わせた。
「“手がかり”にはなる。……使いようによってはな」
ルカくんの瞳がわずかに揺れる。
「……リュカ。僕たちを思う気持ちが、どうか裏目に出ませんように……」
裂け目は少しずつ縮み、森はようやく静寂を取り戻し始める。
みのりは胸に手を当て、そっと呟いた。
「……異世界って、本当にすぐそこにあるんだね……」
タヌロフが不安げに尻尾を振る。
「タヌロフ、ちょっと怖いけど……みんなで帰る方法、見つけるたぬ」




