第34話 異世界ズ、班会へ
翌日の夕方。
仕事を終えて急いで帰宅した私は、玄関前で一度深呼吸した。
――今日は“アレ”がある。
町内会の、例の、班会。
あっくんとルカくんだけでは不安だから、急遽私も参加することにしたのだ。
ドアを開けると、すでにあっくんが黒い法被を羽織り、腕を組んでいた。
銀髪のポニーテールがきらりと揺れる。
「みのり、遅かったな。班会とやら、もうすぐだろう?」
「う、うん……。てか、その法被もう脱ぎなよ!? まだ本登録してないでしょ!」
「着ろと言われた。断り切れんかった」
そこは断れよ、魔王。
ルカくんはテーブルでお茶を飲みながら、ため息を落とす。
「僕たち、七時からスーパーのバイトなのに……なんで班会は六時半からなんでしょうね?」
「町内会の都合だよ……たぶん……」
「タヌロフは行きたくないたぬ……」
「いやタヌロフは来ちゃダメ。存在が謎すぎるから」
そんな会話をしているうちに――
ピンポーン。
来た。
町内会の敏腕おばちゃん・佐久間さんだ。
「アツシく〜ん! 今日の班会、よろしくねぇ〜!」
「任せろ」
あっくん、なんでそんな自信満々なの。
「みのりちゃんも行くでしょ? ほらほら、急いで〜!」
私は半ば引きずられるように、アパートの集会室へ向かった。
◇
四畳半、折りたたみ椅子六脚。
地味に空気が重い。
「はい〜じゃあ班会はじめます〜! 今日は“新規加入者”のアツシくんが来てるからねぇ!」
おばちゃんたちの視線が一斉にあっくんへ。
「よろしく頼む」
堂々たる魔王の挨拶に、なぜか拍手が起きる。
「まずは回覧板ね! アツシくん、昨日の分読んだ?」
「すべて目を通した」
「まあしっかり者〜!」
拍手。
「その次にゴミ置き場問題〜! カラスが荒らすのよねぇ〜」
この瞬間、あっくんが深く頷く。
「ならば結界を張ればいい」
「結界?」
おばちゃんが目を丸くする。
「うむ。魔術の一種で――」
「ア! アツシはその……DIYとかで直せるって意味です! ね!?」
あっくんの口を物理的にふさぎながら、私は必死に笑った。
「……なるほど〜器用なのねぇアツシくん」
なんとか切り抜けた。
あっくんは不満そうに私を見る。
「みのり、なぜ止める」
「いや、あの、説明が魔界すぎるの……」
その間にも次の議題が。
「次は月末の町内清掃ね〜! アツシくん、来れる?」
「もちろんだ。戦場掃討は得意だ」
「どこの戦場いくのよ!」
笑いが起きる。
おばちゃんたちがすっかり“アットホーム魔王”として受け入れている……恐るべし。
時計を見ると――六時五十分。
「やば……ルカくんと二人、バイトの時間……!」
私は小声で訴えるが、議題が終わらない。
終わる気配がない。
「次はねぇ〜お祭りの人手不足なんだけど〜」
あっくんが手を上げる。
「よかろう、引き受けよう」
「アツシくん頼もしい〜!」
拍手。
「ちょ、ちょっと待って!? あっくん!? お祭りっていつ!? その日バイト……!」
「問題ない。私は町を守る」
「問題あるから!」
ルカくんが小声で囁く。
「みのりさん、僕たちもう走らないと出勤間に合いません……!」
「わかってるけど!!」
おばちゃんが楽しそうに笑う。
「若いっていいわねぇ〜。じゃあ今日の班会はここまでにしましょう!」
ようやく終わった。
◇
帰宅すると、ルカくんが慌ただしく荷物を片付けていた。
「今すぐ出ないとバイト遅れちゃいます!」
そんなルカくんと対照的に、あっくんはゆっくりと法被を脱ぎながら静かに言う。
「みのり。余は決めた。町内会に骨を埋める覚悟だ」
「埋めなくていいから!! 軽率に埋めないで!! 帰るんでしょ、異世界!!」
「アークロン様、さっさとスーパー向かいますよ!」
ルカくんに引きずられる形でドタバタと駆け出す二人。
「いってらっしゃい!」
二人が見えなくなるまで手を振ったところで、私は現実に戻ってきた。
(二人ともこっちの世界に馴染んじゃってるけど、これ本当に異世界戻れるのかしら……)
みのりの不安は募るばかりだった。




