第32話 母と父、来たる②
母と父が部屋に入り、私は胸の鼓動をなんとか押さえつけながら笑顔を作った。
「さ、座って。お茶淹れるから」
「よかよか、みのり。アツシさんと話したかけん」
母はキラキラした目であっくんの正面に陣取り、父は静かに頷きながら隣に座る。
そして母は両手を膝に置き、背筋を伸ばした。
「アツシさん!」
「む。なんだ」
「みのりを……みのりを幸せにする気はあるとね?」
あ、質問が重い。
あっくんは少し瞬きをして――堂々と言った。
「当然だ。余――いや、アツシは……みのりの幸福を最優先に考えている」
余って言いかけたけど、ギリセーフ。
母は、感動したようにあっくんの手を握りしめる。
「……よか男ばい……!」
「うむ」
母はさらに畳みかける。
「みのりのどこが好きなん?」
「……どこ、だと?」
あっくんは一瞬考え、まっすぐ母を見る。
「気高さと優しさ、そして思慮深さ。余が――いや、私は……彼女を尊敬している」
(尊敬!? 気高さ!? どこの姫!?)
母はもう完全に拍手していた。
「ほら父ちゃん、聞いた? アツシさんがこんなん言うったら、もう結婚間近よ!」
「そうやねぇ。あとは日取りだけ決めればよか」
「ちょっと待って!? どうしてそうなるの!?」
私は慌てて割って入るが、両親はまったく聞く耳を持たない。
――そのとき。
押し入れの中から「クシュッ」と小さなくしゃみが。
母がピタッと動きを止めた。
「……ねぇみのり。今なんか聞こえんかった?」
「き、きのせいじゃ……」
ヤバい。
絶対タヌロフ。よりによって今。
母は押し入れの方へギュイーンと顔を向けた。
「この部屋……なんかおらん?」
そう言って立ち上がり、ずんずん押し入れに近づく。
(お母さんの勘の鋭さぁぁ!!)
「ちょ、ちょっとお母さん、お茶飲んでて!」
「いや、なんか生き物の気配が――」
ガタッ!
押し入れの中で、ルカくんがタヌロフの口を必死に押さえている音だ。
母はさらに眉を細める。
「……猫とか犬とか、飼っとらんよね?」
「か、飼ってない飼ってない飼ってない!!」
「そう? なんか鳴き声した気がしたとけど……」
押し入れの中。
(みのりさん助けて……!)
(ムリたぬ……!息が……!)
音が出せない死闘の真っ最中。
「お、お母さん、ほら! これ、会社でもらったもみじ饅頭! 一緒に食べよ!」
「なんで早く言わんと!」
釣れた。
母は一瞬で引き返し、甘いものに吸い寄せられた。
押し入れ側が「あっぶねぇ……」という気配で満たされる。
◇
そのあとは――母による“アツシさん徹底質問タイム”が延々と続いた。
「実家はどこ?」
「……遠方だ」
(異世界だからね!?)
「仕事はなにしよると?」
「今は……力仕事をしておる」
(スーパーの品出しだからね!?)
「みのりのどこが可愛い?」
「全部だ」
(なんか言い慣れてないのに妙に説得力あるのやめて!?)
父は父であっくんの肩幅を見て感心していた。
「アツシくん、力強かねぇ。頼りになるタイプや」
「うむ。余は――アツシは、多少の荷物なら造作もなく運べる」
(“多少”の基準が山一つなんだよね……)
母はますますご機嫌。
「よし! もう安心した! みのりはアツシさんに任せられる!」
「ねぇほんとにやめて!?」
私の声は虚しく空を切った。
◇
夕方。
両親は駅へ向かうため玄関へ。
「みのり、また来るけんね〜!」
「アツシくん、みのりのこと頼んだよ」
「心得た」
(心得るな!!)
「結婚の話はまた今度ゆっくりね!」
「ゆっくりしなくていいから!!」
母は満面の笑みで手を振り、父は優しくうなずき、二人は帰って行った。
玄関のドアが閉まる。
私はその場にへたり込んだ。
「……はぁぁぁ……終わった……」
押し入れから、そ〜っと顔を出すルカくん。
「みのりさん……お母さん……強かったですね……」
タヌロフもひょこっと出てくる。
「タヌロフ、息止まるかと思ったたぬ……」
あっくんは腕を組み、ぽつりと呟く。
「みのりの家族、なかなかの強者だな」
私はぐったりと床に倒れ込みながら、天井を見上げてつぶやいた。
「……もう、次来るときは絶対予定立ててからにして……」




