第31話 母と父、来たる①
日曜の昼下がり、私は洗濯物を畳みながらのんびりしていた。
あっくんはソファで雑誌を読み、ルカくんは静かに茶を入れ、タヌロフは枕を奪ってごろごろしている。
――平和だなぁ。今日はゆっくりでき……
スマホが震えた。
「……あ、お母さん!?」
嫌な予感しかしない。
通話ボタンを押した瞬間、爆音で九州弁が飛んできた。
「みのり! 今どこね!? 母ちゃん達、もう東京着いとるけんね!」
「……は? なんで!? 今日!? 東京!??」
「いつまで経っても帰ってこんけん、こっちから来たとよ! あっ、父ちゃん、そっち行くのはこがん道でよかったっけ?」
横から父ちゃんの落ち着いた声が聞こえる。
「うん、あっているよ。みのり、もうすぐ会えるねぇ」
いやいやいやいや待って。
「ちょ、ちょっと待って!? いきなりは……!」
「待たん! 会いたかけん来たと! ほんなら、あと二十分くらいで着くけんね!」
ぷつっ。
母は相変わらず会話を終わらせる権利を一切こちらに渡さない。
「…………」
スマホを見つめる私の背後から、あっくんが顔を出した。
「母上殿が来られるのか。余は歓迎するぞ。あの者、豪胆で面白き女であった」
「いやいやいや! 今回はダメ! ルカくんとタヌロフがいるから!」
ルカくんがそっと紅茶のカップを置く。
「……みのりさん。僕たち、まだお母さまとお会いしていないので……隠れたほうがいいですか?」
「全力で! 全力で隠れて!!」
タヌロフが跳ね起きた。
「タヌロフ、押し入れに入る! 暗いけど我慢する!」
「お願い、静かにしてて……!」
◇
二十分の死闘(片付け)を終え、私は必死で“普通の一人暮らしの部屋”に仕上げる。
呼吸を整えた瞬間――
ピンポーン。
「みのりぃ〜! 母ちゃんと父ちゃん着いたばい〜!」
もう逃げ道はなかった。
覚悟を決めてドアを開ける。
「お母さん、お父さん……いらっしゃい」
母は満面の笑みで私に抱きつき、お父さんは穏やかな笑顔で手を上げる。
「元気そうでよかったぁ〜!」
その“よかった”の裏に、
“彼氏とちゃんと暮らしよるとね?”
みたいな期待が滲んでいるのは気のせいではない。
案の定、母は靴を脱ぎながら私の耳元で囁く。
「今日はね……アツシさんにきちんと挨拶するために来たとよ」
「…………」
……アツシ。
あっくんの偽名だ。
まさかここまで根深く定着するとは思わなかった。
「みのり、はよ呼んできなっせ。ほら、あんたの旦那さんになる人!」
「旦那さんじゃないって毎回言ってるよね!? 恋人でも……その……ないからね!?」
「はいはい、照れんでよかって」
母はまったく聞く気がない。
お父さんまで私の肩を優しく叩く。
「みのり、連れてきていいよ。父ちゃん、会うの楽しみにしとるけんねぇ」
……お父さん……。
あなたまでそのテンションなのはなぜなの。
私は観念してリビングを振り返る。
そこには、魔王が、偽名“アツシ”として座っていた。
あっくんは背筋を正し、平然と言う。
「余……いや、アツシだ。二人とも、よく来てくれた」
余って言いかけた。
あぶない。ほんとにあぶない。
母は目を輝かせながらあっくんに駆け寄った。
「アツシさん! ばり久しぶりやね〜! あんた相変わらずイケメンやん!!」
「む……うむ」
あっくんは押され気味だが、逃げる様子はない。
「今日はね、父ちゃんにも正式に挨拶してもらおう思って!」
「正式に?」
あっくんは魔王らしい堂々さで問い返す。
「結婚前にご挨拶ばきちんとね? みのりの旦那さんになる人なら当然やん?」
「母上殿、話が飛躍しておらぬか……?」
「飛躍しとらん!」
母、強すぎる。
私は慌てて割り込んだ。
「お母さん! ほんとに結婚とかの予定は――」
「結婚は勢いやけんね!」
「勢いやねぇ」
お父さんもうなずく。
「いや勢いで結婚させないでぇぇ!!」
しかし、母は完全に“未来の娘婿を査定するモード”でキラキラしている。
その隙に――
押し入れからルカくんの (息していい?) みたいな気配と、タヌロフのプスッ……という鼻息が微かに漏れた。
……どうか……どうかバレないで……!!




