第30話 すきやきパーティ開催
仕事帰りの私は、スーパーのレジ袋を手に提げてアパートの階段を上った。中身は──すきやき用の牛肉。
今日はあっくんとルカくんの“バイト初出勤おつかれ&特別ボーナスお祝いパーティ”なのだ。
玄関を開けると、すでに部屋の中から甘い割り下の香りが漂ってきて私は思わず苦笑した。
「……あっくん、ルカくん、フライングしてない?」
キッチンから顔を出したのは長い銀髪を一つにまとめたあっくんだった。エプロン姿が妙に様になっている。
「余はただ、みのりが帰るまでに準備を整えていただけだ。決してつまみ食いなど──」
「アークロン様、嘘はいけません。さっきにんじんを一本まるごと……」
「ル、ルカ! 余の威厳をだな!」
ルカくんが、若干あきれ気味の美しい顔で告発する。
このコンビも、すっかり見慣れてしまった。
そして、テーブルの上ではタヌロフが鍋を見つめてそわそわしている。
「た、タヌロフも食べていいたぬ? いい匂いたぬ……!」
「ねぎ入ってるから、タヌロフはこっちのタヌキ用セットね」
私はタヌロフだけ別皿に、味付け前の肉と野菜を取り分ける。
タヌロフはしっぽをぶんぶん振っていた。
◇
鍋が煮立つと、部屋いっぱいに甘じょっぱい香りが広がった。
「いただきます!」
私が言うと、三人と一匹も後に続く。
……ただし。
「お、お肉は……余が最初にいただくのだろう? 魔王ゆえ」
「いや、ここは“ジャンケンで平和的解決”ですよアークロン様」
「ジャン……? 拳の勝負とは、久方ぶりに血が騒ぐな」
「違いますよ!? 物理戦闘じゃないです!」
こうして“第一枚目のお肉ジャンケン大会”が始まり──
まさかのタヌロフが勝った。
「タヌロフの勝利たぬっ!!!」
「バ、バカな……余が……敗北……?」
「アークロン様、落ち込まないでください。まだお肉はあります」
私は苦笑しつつ鍋に肉を追加した。
◇
食事がひと段落したころ、ルカくんが静かに箸を置いた。
「みのりさん。本当にありがとうございました」
「え?」
「アークロン様と、こうして働く機会を得られたのは、みのりさんが受け入れてくれたからです。この世界は未知ばかりで……でも困った時、いつもみのりさんが助けてくれる」
まっすぐで、優しい声だった。
「う、うん……。でもそれは私がしたくてしてるだけで……」
「余からも礼を言おう。みのりのおかげで余はこの世界で……生きやすい」
あっくんが少し照れたように視線をそらす。
銀髪のポニーテールが揺れて、普段の偉そうな態度とのギャップに私は胸が温かくなる。
「みのり、これからも頼むぞ」
「……うん。こちらこそ、よろしくね」
その瞬間。
「タヌロフも家族たぬ!!!!」
タヌロフが勢いよく飛びつき、テーブルがぐらりと傾いた。
「わっ──!」
「タヌロフ!? 待──!」
鍋が、ゆっくりと……ゆっくりと……傾き──
ぐらあああああっ。
盛大にひっくり返った。
「お、おおおおおおおおお!?!?!?」
「タヌロフうううううう!!!!」
「す、すみませんみのりさん!! すぐ片づけます!!」
「余も手伝うぞ!」
床はひどいありさまなのに、なぜか胸の奥だけは温かかった。
――こんなはちゃめちゃな日常がずっと続けばいい、なんて……少しだけ思ってしまった。




