第28話 異世界ズ、初出勤
朝のスーパー裏口。
アークロンとルカは、緊張と期待を胸に従業員入口に立っていた。
「……ここが余たちの職場か」
「ど、どうしましょうアークロン様……すでに緊張で胸が……!」
二人はぎこちない空気のまま中へ入っていく。
◇
従業員休憩室。
二人は配られたエプロンを装着しようとしていた。
アークロンがエプロンの紐を引くと──
ミシ……ッ。
「む? 布が脆いのか?」
「ア、アークロン様! ちぎれますちぎれます!!」
力加減ができないアークロンを必死で止めるルカ。
二人の初々しいやり取りを遠巻きに見ていたパートのおばちゃんが、ほんのり頬を染めていた。
「なんか……すごいイケメンが来たね」
「二人ともスタイル良すぎない?」
「背中えぐいわぁ……」
休憩室にざわめきが広がる。
◇
店外カート置き場。
アークロンは無造作に手を伸ばし、十台以上連なった重いカートを片手でスッ……と引き寄せた。
「軽い。これは山を動かすより容易い」
余裕の表情で整然と押し返す。
その一部始終を見ていた買い物帰りのおばちゃん三人組。
「……ちょ、あの子片手で……?」
「なんて力強さなの!?」
「筋肉がたまらないわっ!」
周辺に小さな黄色い歓声が飛び交った。
アークロンは気づかない。
ただ静かに“仕事”をしているだけだ。
◇
野菜コーナーでは、ルカが箱を抱えて棚へ補充していた。
その動きは柔らかく、王宮育ちらしい気品が滲む。
(よ、よし……落ち着いて。力は抑えて……)
けれど、箱そのものが軽い。
魔王軍で鍛えられていたルカからすれば、りんご箱ですら羽毛のようだ。
すっと箱を上段に持ち上げると──
その肩のライン、無駄のない身のこなしが視界を奪う。
近くにいたおばちゃんたちが小声で囁いた。
「ちょっと見て……王子様がいるんだけど……」
「え、めっちゃ綺麗な顔……」
「それなのにあんな重たそうな箱を軽々と!?」
別のおばちゃんまでスマホを構えかけ、慌てて他の店員が止めに入った。
「すみません撮影は……!」
ルカは何が起きているのか分からずきょとんとしている。
(な、何かしました僕!?)
していない。ただ存在が眩しいだけだった。
◇
午前の勤務がひと段落すると、二人は休憩室の椅子にぐったりと座り込んだ。
「ふう……働くとは……意外と骨が折れるな」
「ぼ、僕も……でも……お客さんに笑顔で挨拶できました……!」
「うむ。そなたの働きぶり、余は見ていたぞ」
ルカは耳まで赤くなる。
そんな二人を遠巻きに見ながら、パートのおばちゃんたちはひそひそ声で盛り上がっていた。
「今日の新人くんたち、最高じゃない……?」
「目の保養どころじゃないわよ! もうご飯三杯いける!」
「店長、正社員にしてくれないかな……」
二人の初勤務は、予想外の大人気で幕を開けたのだった。




