第27話 魔王と側近、面接を受ける
朝の駅前は通勤客で賑わっていた。その人波の中、場違いな存在が二つ。黒いコートを羽織った長身の男と、金髪の中性的な青年だ。
「……あれが“人間界の労働施設”というやつか」
アークロンが腕を組んでスーパーの看板を見上げる。金色の瞳が、まるで敵地に乗り込む前のように鋭い。
「スーパーですよ、アークロン様。“職を得る場所”ではなくて“働く場所”です」
「ふん。余に説明するまでもない。だが……まずは“めんせつ”という儀式を突破せねばならぬのだな?」
「儀式って言わないでください……普通の面接です」
ルカはため息をついた。みのりが貼り紙を見つけたその日、二人は「我らも働く」と即決した。人手不足を嘆く人間界なら、魔王とその側近でも雇ってもらえるという目論見である。
自動ドアが開き、ルカとアークロンは同時に一礼して店内へ入った。
受付に案内された二人は、小さな面接室の前に通された。中には人の良さそうな店長が座っている。彼は二人を見た瞬間、ぴくりと喉を鳴らした。
「……す、すごい迫力だねぇ君たち」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「えっと……じゃあ順番に聞くけど……志望動機は?」
「余はみのりの負担を減らすため、金を得る必要がある。効率よく稼げる場ということで、ここを選んだ」
「……み、みのり?」
「我らの主だ」
「ちょ、ちょっとアークロン様! いや、みのりさんは主じゃなくて……その……」
ルカが慌てて訂正しようとしたが、店長はすでに「主」という単語に困惑しきっていた。
「つ、次……君は?」
「僕はアークロン様の護衛として同行しています」
「護衛……?」
店長の口元がひきつっている。二人は完全にファンタジーの住人だった。
「……で、でもね? うちはそんな立派な動機じゃなくてもいいんだよ? 人手不足だからね? 来てくれるだけでありがたいんだけど……」
店長はなんとか平静を取り戻そうと微笑んだ。
「体力には自信ある?」
「余は山一つ担げるぞ。人間界の荷など羽毛のようなものよ」
「山!? 比喩表現ですよね!?」
「アークロン様は重いものを持つのが得意、という意味です」
「あ、ああ……うん、そういうこと……」
店長は目を泳がせながらメモをとるふりをした。
「じゃあ……次の質問。働く日時は?」
「余はみのりが職に出ている間、全時間働く」
「あ、ありがたいね……!? うん……!」
「僕はその補佐をします」
「う、うん! それは頼もしいね!」
店長はこほっと咳払いをして、続ける。
「じゃあ最後に、接客に向いていると思う?」
「余に膝を折らぬ者はおらぬ」
「その威圧感は封印してね!? お客さん逃げるからね!?」
「アークロン様は優しい方です。少し慣れていないだけで」
「余は優しい」
「そこは自分で言わないでください!」
面接室の空気はもはやコントのようだった。
店長は深いため息をつき、最終的にこう言った。
「……まあ、人手不足だしね。採用でいいか」
アークロンは満足げに頷く。
「賢明な判断だ」
「威厳を出さないでくださいッ!」
こうして魔王とルカは、なんとかスーパーで働くことになった。
◇
一方その頃、タヌロフは山中で鼻をひくつかせていた。
「……この匂い……食べられる木の実だぬ」
前足で器用に木の実を拾うと、口いっぱいに頬張る。
「タヌロフがとってきた食料で、みのりは今日も助かるはずだぬ……!」
胸を張って山の奥に駆けていく。
その姿は、どこからどう見ても“働く気満々のタヌキ”だった。
こうして――
みのりが知らないところで、魔王と側近とタヌロフはそれぞれの方法で“生活費”に挑むのだった。




