第25話 異世界組、大破壊クッキング
タヌロフ捕獲から数日。みのりのアパートには、すっかり三人+一匹の生活リズムができつつあった。コタツの上には書類、魔法具の破片、お菓子の袋が散乱し、もはや“異世界シェアハウス”と化している。
そんなある晩。
「今日は鍋をやるたぬ! お腹ぺこぺこたぬ!」
使い魔化したタヌロフ――通称たぬ助が、コタツの上をトタトタ走りながら宣言した。赤かった瞳は今やつぶらで、語尾の“たぬ”が完全に板についている。
「みのり、余はこの“なべ”という行事とやらに興味がある。余に任せれば豪勢なものにしてやれる」
あっくんが不敵に笑うと、ルカくんが不安げに眉を寄せる。
「アークロン様……この世界の調理器具は繊細なので、あまり魔力を使いすぎると壊れますよ……?」
「ふん。余を誰だと思っている。鍋ひとつ作るくらい造作もない」
言った瞬間、嫌な予感しかしなかった。
◇
買い出しを終え、材料を広げた途端――。
「火力が弱いな。余が調整してやろう」
あっくんが指先で鍋を軽く弾く。
ボッ!
「ちょっ、火柱!? あっくん! 火力調整の概念どこ行ったの!?」
「む……? この程度の炎は日常茶飯事だろう」
「日常じゃないよ!!」
慌ててみのりがコンロを止めるが、鍋底が真っ赤に変色していた。
続けてルカくんが野菜を刻もうとして――。
「人間の包丁は扱いが難しいですね。魔力で切れば……」
「待ってルカくん!? それ“物理的に”切る道具だから魔法いらないよ!?」
ルカくんが魔力を込めた瞬間、スパーン! とキャベツ一玉が粉々になり、まるで細胞レベルで散っていった。
みのりは思わず頭を抱えた。
「普通に切って……ほんと、普通に……!」
そして極めつけはたぬ助だった。
「具材をまぜるたぬ〜!」
サイズ的に届かないため、たぬ助は魔力を使って大ジャンプ。
ピョン!
ズドン!
派手に鍋に突っ込み、鍋ごとテーブルが崩壊した。
「た、たぬ助ーーーー!!」
テーブルの脚が折れ、鍋は転がり、床に野菜と出汁が広がっていく。
「……率直に言うね」
みのりはぐるりと二人と一匹を見渡し、深いため息をついた。
「魔力、ゼロでお願い」
「……努力しよう」
「精進します……」
「ごめんたぬ」
魔王と側近と使い魔がしゅんと肩を落とす光景は、世界広しといえども珍しいだろう。
◇
最終的に、みのり主導で“完全人間仕様”の鍋が完成した。
湯気があがり、味噌の香りが部屋を包む。
「……人の世界の鍋は、悪くないな」
あっくんが満足げに箸を動かす。
「優しい味ですね。みのりさんの料理、好きです」
ルカくんはほんのり頬を染めて笑う。
「たぬたぬ〜! お肉もっとほしいたぬ!」
たぬ助はコタツの上で器を抱えて幸せそうに尻尾を振った。
家は半壊。テーブルはダメージ大。床はうっすら焦げている。
それでも――。
みのりはふと、胸があたたかくなる。
(……なんか、ほんとに家族みたいだな)
異世界の魔王と超万能な側近と、たぬき型使い魔。
しっちゃかめっちゃかだけど、不思議と嫌じゃない。
そして今日も、みのりのアパートの一室では、ささやかで騒がしい“異世界共同生活”が続いていくのだった。




